徒然草 第八十八段

現代語訳

 或る者が、「これが書の達人として誉れ高い、小野道風が書き写した『和漢朗詠集』です」と言って秘蔵していた。別の者が、「あなた様のお宅に代々伝わる品物ですから、根拠が出鱈目だとインネンを付けるつもりは毛頭ないのでございますが、藤原公任が撰集した歌を、その時代に他界している小野道風が書き写しているので、矛盾していてインチキ臭いのですが」と尋ねた。すると、「お目が高い! だからこそ類い希なる珍品なのでございます」と答え、今までよりも大切に秘蔵したという。

原文

 或者(あるもの小野道風(おののたうふうの書ける和漢朗詠集(わかんらうえいしふとて持ちたりけるを、ある人「御相伝(ごさうでん、浮ける事には(はべらじなれども四条大納言(えらばれたものを、道風(たうふう書かん事、時代や(たが(はべらん。覚束(おぼつかなくこそ」と言ひければ、「さ候へばこそ、世にあり難き物には(はべりけれ」とて、いよいよ秘蔵(ひさうしけり。

注釈

 小野道風(おののたうふう

  平安中期の書家。藤原佐理、藤原行成らと三蹟と呼ばれた。藤原公任が生まれた年に没す。

 和漢朗詠集(わかんらうえいしふ

  藤原公任が選んだ、和漢の詩歌のアンソロジー。

 四条大納言

  藤原公任。平安中期の歌人。

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