徒然草 第百七十一段

現代語訳

 神経衰弱をする人が、目の前のカードをなおざりにして、よそ見をし、他人の袖の影や膝の下を見渡していると、目の前のカードを取られてしまう。上手な人は、他人の近くを無理矢理に取るように見えず、近くのカードばかり取っているようだが、結局、多くのカードを取る。ビリヤードでも台のカドに球を置いて、一番遠くの球をめがけて突いたら空振りだ。自分の手元に注意して、近くにある球へ筋道を定めれば、ナインボールもポケットに落ちる。

 全ての事は、外側に向かって求めると駄目になる。ただ、身の回りを固めるだけでよい。清献公の言葉にも、「今の瞬間を最善に過ごし、未来のことを人に聞くな」とある。政治も同じ事だ。政府が、政治を疎かにし、軽はずみな態度で、身勝手で、堕落していたら、地方は必ず反逆に出る。そうなってから緊急対策を練っても手遅れだ。「自堕落な生活をし、自ら進んで病気になってから、神に病気を治してくれと願うのは、バカでしかない」と医学書にも書いてある。目の前の人の苦しみを取り除き、餓えを満たし、正しく導けば、その教えが広がって、少しずつ世界を変えるムーブメントになっていくのを知らないのだ。禹は、苗族を滅ぼそうとしたが失敗した。その後、軍隊を引き上げて自国を良く治めたから、自然と苗族も見習い、感化されたのだろう。

原文

 貝を(おほふ人の、我が前なるをば措きて、余所を見渡して、人の(そでのかげ、(ひざの下まで目を配る(に、前なるをば人に覆はれぬ。よく覆ふ人は、余所までわりなく取るとは見えずして、近きばかり覆ふやうなれど、多く覆ふなり。碁盤(ごばん(すみに石を立てて(はじくに、向ひなる石を目守りて(はじくは、(あたらず、我が手許をよく見て、こゝなる聖目(ひじりめ(すぐ(はじけば、立てたる石、必ず(あたる。

 (よろづの事、(ほかに向きて求むべからず。たゞ、こゝもとを正しくすべし。清献公(せいけんこうが言葉に、「好事(かうじ(ぎやうじて、前程(ぜんていを問ふことなかれ」と言へり。世を保たん道も、かくや(はべらん。内を慎まず、軽く、ほしきまゝにして、濫りなれば、遠き国必ず(そむく時、初めて(はかりごとを求む。「風に当り、湿(しつ(して、病を神霊(しんれい(うたふるは、(おろかなる人なり」と医書に言へるが如し。目の前なる人の(うれへを(め、恵みを施し、道を正しくせば、その(くわ遠く流れん事を知らざるなり。(の行きて三苗(さんべうを征せしも、(いくさ(かへして徳を敷くには及かざりき。

注釈

 貝を(おほ

  貝合わせの事。

 聖目(ひじりめ

  碁盤の目に打ってある九つの黒点。

 清献公(せいけんこう

  宋の大臣、趙抃(ちょうべん(いみな。仁宗、英宗、神宗の三代に仕えた。

 (

  中国古代の王様。

 三苗(さんべう

  苗族ともいい、中国五大の異民族。凶暴で中国政府に反抗したが次第に駆逐される。

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