つれづれぐさ(下)

徒然草 第二百三段

現代語訳

 朝廷から法によって裁かれる罪人の門に、矢を入れる靫を取り付ける習わしも、今ではなくなり、知る人もいない。天皇が病気の際や、世間に疫病が蔓延した際にも、五条天神に靫をかける。鞍馬寺の境内にある靫の明神も、靫をかける神である。判決の執行係が背負う靫を罪人の家にかけると、立ち入り禁止になる。この風習がなくなり、今では門に封をするようになった。

原文

 勅勘(ちよくかんの所に(ゆき(くる作法、今は絶えて、知れる人なし。主上(しゆしやう御悩(ごなう大方(おほかた、世中の騒がしき時は、五条の天神(てんじん(ゆきを懸けらる。鞍馬(くらま(ゆき明神(みやうじんといふも、(ゆき(けられたりける神なり。看督長(かどのをさの負ひたる(ゆきをその家に懸けられぬれば、人((らず。この事絶えて後、今の世には、(ふうを著くることになりにけり。

注釈

 勅勘(ちよくかん

  伊勢の皇大神宮のこと朝廷より咎められること。天皇のご機嫌を損ない法律で罰せられること。朝廷に出入り禁止になること。

 (ゆき

  矢を入れて背負う道具。

 五条の天神(てんじん

  京都市下京区天神前町にある疫病を治める神。大己貴命(おおあなむちのみこと少彦名神(すくなひこなのかみを祭る。

 鞍馬(くらま

  京都市左京区鞍馬本町にある鞍馬寺。

 (ゆき明神(みやうじん

  鞍馬寺の境内にある鞍馬町の氏神で、五条の天神と同様に大己貴命(おおあなむちのみこと少彦名神(すくなひこなのかみを祭る。

 看督長(かどのをさ

  検非違使庁の下級官僚で、在任の逮捕や牢獄の監視、強制執行の任務に当たった。

徒然草 第二百二段

現代語訳

 十月は「神の居ない月」と呼び、祭事を慎まなければならない、と書いてある文献はない。参考になる文章も見つからない。もしかしたら、十月はどの神社にも祭事がないので、こう呼ばれるのだろうか。

 この月には、神々が伊勢の皇大神宮に集まるという説もあるが、それも根拠がない。事実ならば、伊勢では特別な祭でもありそうだが、それもない。十月は天皇が神社に出かけることが多くなる。しかし、ほとんどは不幸がらみである。

原文

 十月(じふぐわつ神無月(かみなづきと言ひて、神事(しんじ(はばかるべきよしは、(しるしたる物なし。本文(もとふみも見えず。(ただし、当月(たうげつ、諸社の(まつりなき(ゆゑに、この名あるか。

 この月、(よろづ神達(かみたち太神宮(だいじんぐうに集り給ふなど言ふ説あれども、その本説(ほんぜつなし。さる事ならば、伊勢には(こと祭月(さいげつとすべきに、その例もなし。十月、諸社の行幸(ぎやうがう、その例も(おほし。(ただし、(おほくは不吉の例なり。

注釈

 太神宮(だいじんぐう

  伊勢の皇大神宮のこと。

徒然草 第二百一段

現代語訳

 インドの霊鷲山には「関係者以外立ち入り禁止」と「車両乗り入れ禁止」の標識があった。山の外側に「車両乗り入れ禁止」の標識がある。山の内側に入ると「関係者以外立ち入り禁止」の標識が立っているので一般人は入山できない。

原文

 退凡(たいぼん下乗(げじよう卒都婆(そとば(そとなるは下乗、(うちなるは退凡なり。

注釈

 退凡(たいぼん下乗(げじよう

  インドの霊鷲山にあった二つの標識。霊鷲山は釈迦が説法をした遺跡。

 卒都婆(そとば

  釈迦の誕生した涅槃の地に建てた塔。

徒然草 第二百段

現代語訳

 呉竹は葉が細く、河竹は葉が広い。帝の御座所の池にあるのが河竹で、宴会場に寄せて植えられたのが呉竹である。

原文

 呉竹(くれたけは葉細く、河竹(かはたけは葉広し。御溝(みかわに近きは河竹、仁寿殿(じじゆうでんの方に寄りて植ゑられたるは呉竹(くれたけなり。

注釈

 呉竹(くれたけ

  中国から渡来したので「唐竹」とも言う。別名を「ハチク」という。

 河竹(かはたけ

  女竹、なよたけ、にがたけ。

 御溝(みかわ

  御溝水の略で、宮中の庭園を流れる溝。ここでは、清涼殿の前にある溝。

 仁寿殿(じじゆうでん

  清涼殿の西にある建物で、宴会、角力、御遊が開催される場所。

徒然草 第百九十九段

現代語訳

 横川で修行した行宣法印(ぎやうせんほふいんが、「中国は音階でいうと長調の国で、短調の音がない。倭国は変短調で、長調の音がない」と言っていた。

原文

 横川(よかは行宣法印(ぎやうせんほふいんが申し(はべりしは、「唐土(とうど(りよの国なり。(りつ(おんなし。和国(わこくは、単律(たんりつの国にて、(りよの音なし」と申しき。

注釈

 横川(よかは

  比叡山延暦寺の三塔の一つ。真実の道を求める僧侶が隠遁して修業した。

 行宣法印(ぎやうせんほふいん

  伝未詳。法印は僧位。

 (りよ

  呂旋法。雅楽で使われる音階の一つ。対的音程関係はソ・ラ・シ・ド・レ・ミ・ファとなる。

 (りつ

  律旋法。相対的音程関係はレ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドとなる。

徒然草 第百九十八段

現代語訳

 名誉会長に限らず、名誉顧問なんていう役職もある。どうでもよいことだ。

原文

 揚名介(やうめいのすけに限らず、揚名目(やうめいのさくわんといふものあり。政事(せいじ要略(えうりやくにあり。

注釈

 揚名介(やうめいのすけ

  名誉だけを目的とする官職。国務を司ることもない。

 揚名目(やうめいのさくわん

  地方における名誉官職。

 政事(せいじ要略(えうりやく

  惟宗允亮の監修による平安時代の法律制度に関する書。

徒然草 第百九十七段

現代語訳

 各地の寺の僧だけでなく、宮中の下級女官まで定員がある。これは『延喜式』に書いてあることだ。「定額」とは、定員が決まっている役人の肩書きである。

原文

 諸寺の僧のみにもあらず、定額(ぢやうがく女孺(によじゆといふ事、延喜式(えんぎしきに見えたり。すべて、数(さだまりたる公人(くにん通号(つうがうにこそ。

注釈

 定額(ぢやうがく女孺(によじゆ

  一定の定員数の意味で、平安時代以降、寺院に住む物で朝廷から生活保護を受ける定員を限った僧を定額僧と呼ぶ。女孺は宮中に仕える下級の女官。

 延喜式(えんぎしき

  朝廷の行事、官僚の作法、役所の事務規定を記した文献。

徒然草 第百九十六段

現代語訳

 東大寺の御輿が、東寺に新設した八幡宮から奈良に戻されることになった。八幡宮を氏神とする源氏の公家が御輿の警護に駆けつけた。キャラバンの隊長は、かの内大臣、久我通基公である。出発にあたって、警備の者が野次馬を追い払うと、太政大臣の源定実が、「宮の御前で、人を追っ払うのはいかがなものでしょうか」と咎めた。通基は、「セキュリティポリスの振る舞いは、私たち武家の者が心得ているのでございます」とだけ答えた。

 その後、通基は、「あの太政大臣は、『北山抄』に記された作法だけ読んで、『西宮記』に書いてある作法を知らないようだ。八幡宮の手下である鬼神の災いを恐れ、神社の前では、必ず人払いをしなくてはならない」と言った。

原文

 東大寺の神輿(しんよ東寺(とうじの若宮より帰座(きざの時、源氏の公卿(くぎやう(まゐられけるに、この殿(との、大将にて先を追はれけるを、土御門相国(つちみかどのしやうこく、「社頭にて、警蹕(けいひついかゞ(はべるべからん」と申されければ、「随身(ずいじん振舞(ふるまひは、兵杖(ひやうぢやうの家が知る事に候」とばかり答へ給ひけり。

 さて、後に仰せられけるは、「この相国、北山抄(ほくざんせうを見て、西宮(せいきゆうの説をこそ知られざりけれ。眷属(けんぞく悪鬼(あくき悪神(あくじんを恐るゝ(ゆゑに、神社にて、(ことに先を追ふべき(ことわりあり」とぞ(おほせられける。

注釈

 東大寺の神輿(しんよ

  奈良にある大仏を本尊とする、華厳宗の総本山。「御輿」は東大寺の鎮守神の神霊を安置する御輿。

 東寺(とうじの若宮

  京都市下京区九条町にある古義真言宗東寺派の大本山。「若宮」は本宮から分霊した新しい神社。

 この殿(との

  前段の久我通基。

 土御門相国(つちみかどのしやうこく

  源定実。相国は太政大臣。

 北山抄(ほくざんせう

  藤原公任が監修した、朝廷での公事、儀式の故実書。「神社ノ行幸、大嘗会ノ御禊ニ准ズ。但シ、社頭ニ至リテ、警蹕セズ。猶、憚リ有ル可キカ」とある。

 西宮(せいきゆう

  醍醐天皇の皇子、源高明が書いた、『西宮記』。『北山抄』と同じく、朝廷での公事、儀式の故実書。現存本には、社頭での警蹕について記述が残っていない。

徒然草 第百九十五段

現代語訳

 ある人が久我の畦道を真っ直ぐ歩いていると、下着姿に袴という出で立ちのオッサンが、木製の地蔵を田んぼの水に浸して、せっせと洗っていた。何事かと思い見ていると、貴族の身なりをした男が二三人やって来た。「こんな所にいたのですか」と言い、この人を引っ張って行った。この人とは、なんと久我の内大臣、通基公であらせられた。

 意識がこちら側にあった頃は、優しい立派な人だった。

原文

 (ある人、久我縄手(こがなはてを通りけるに、小袖(こそで大口(おおくち着たる人、木造りの地蔵を田の中の水におし浸して、ねんごろに洗ひけり。心得難く見るほどに、狩衣(かりぎぬの男二三人(ふたりみたり((て、「こゝにおはしましけり」とて、この人を(して去にけり。久我内大臣殿(こがのないだいじんどのにてぞおはしける。

 尋常(よのつねにおはしましける時は、神妙(しんべうに、やんごとなき人にておはしけり。

注釈

 久我縄手(こがなはて

  久我畷。京都市伏見区にある、約八キロメートルの直線道路。

 小袖(こそで大口(おおくち着たる

  大袖(礼服)の下に着る袖の小さい下着。大口は大口の袴。

 狩衣(かりぎぬ

  貴族の普段着。丸襟で袖が広い。

 久我内大臣殿(こがのないだいじんどの

  源通基。内大臣。

徒然草 第百九十四段

現代語訳

 世界の道理を知る人が、人を見る目は、寸分の狂いもない。

 例えば、ある嘘つきが出任せをでっち上げ、世に広め、人を騙そうとしたとする。ある人は、素直に真実だと思い、馬鹿正直に騙される。ある人は、洗脳までされて、話に尾鰭と背鰭をつけ、ますます面倒にする。ある人は、話を聞いても上の空。ある人は、少しおかしいと思って、信じるでもなく、信じないでもなく、曖昧にしておく。ある人は、あり得ない話だが、人の言うことだから、そんなこともあるかも知れないと思考を停止する。ある人は、知ったか振りをして得意げに頷き、笑うのだけど、実は何も理解していない。ある人は、嘘を見破るのだが、「なるほど、こんなことか」と思い、自信がなくなる。ある人は、嘘だと知りながら「別にどうでもよい」と手を叩いて笑う。ある人は、嘘だと知っているが、何も言わず、知らん振りを決め込み、知らない人と同じ態度でいる。ある人は、嘘だと知りながら、何も追及せず、自らが嘘つきに成り代わって、人を騙す。

 嘘つきが人を騙す事でさえ、それが嘘だと知る人には、答える言葉や顔つきで、話の理解具合が分かってしまう。まして、世界の道理を知る人が見れば、我々みたいな悩める子羊は、手のひらを転がっているようなものだろう。しかし、戯れ言の推察のようなことを、仏の教えに応用してはいけない。

原文

 達人の、人を見る(まなこは、少しも(あやまる所あるべからず。

 例へば、或人の、世に虚言(そらごと(かま(して、人を(はかる事あらんに、素直に、(まことと思ひて、言ふまゝに(はからるゝ人あり。余りに深く信を起して、なほ煩はしく、虚言を心得(こころえ添ふる人あり。また、何としも思はで、心をつけぬ人あり。また、いさゝかおぼつかなく(おぼえて、(たのむにもあらず、頼まずもあらで、案じゐたる人あり。また、(まことしくは覚えねども、人の言ふ事なれば、さもあらんとて止みぬる人もあり。また、さまざまに(すいし、心得たるよしして、(かしこげにうちうなづき、ほゝ笑みてゐたれど、つやつや知らぬ人あり。また、(すい(だして、「あはれ、さるめり」と思ひながら、なほ、誤りもこそあれと怪しむ人あり。また、「異なるやうもなかりけり」と、手を拍ちて笑ふ人あり。また、心得たれども、知れりとも言はず、おぼつかなからぬは、とかくの事なく、知らぬ人と同じやうにて過ぐる人あり。また、この虚言(そらごと本意(ほいを、初めより心得て、少しもあざむかず、(かま(だしたる人と同じ心になりて、力を合はする人あり。

 愚者の中の(たはぶれだに、知りたる人の前にては、このさまざまの(たる所、(ことばにても、顔にても、隠れなく知られぬべし。まして、明らかならん人の、(まどへる我等(われらを見んこと、(たなごころの上の物を見んが如し。(ただし、かやうの((はかりにて、仏法までをなずらへ言ふべきにはあらず。