信仰上の失敗があったとき

徒然草 第九十七段

現代語訳

 その物に寄生し、それを捕食し、結果的に食い尽くしてしまう物は、佃煮にするほどある。身体にはシラミが湧く。家にはネズミが同居する。国家には反逆者がいる。小市民には財産がある。権力者には義理がある。僧侶には仏法があるのであった。

原文

 その物に付きて、その物をつひやし(そこふ物、数を知らずあり。身に蝨あり。家に(ねずみあり。国に賊あり。小人(せうじん(たからあり。君子に仁義(じんぎあり。僧に法あり。

徒然草 第九十一段

現代語訳

 六日ごとに訪れる赤舌日という日がある。陰陽道の占いの世界では、取るに足りない事である。昔の人は、こんな事を気にせずに暮らしていた。最近になって、誰が言い出したのかは知らないが、不吉な日だと言う事になって、忌むようになった。「この日に始めた事は、中途半端で終わり、言った事、行った事は、座礁し、手に入れた物は、紛失し、立てた計画は、失敗に終わる」と言うのは、馬鹿げたことだ。敢えて大安吉日を選んで始めた事でも、行く末を見てみれば、赤舌日に始めた事と同じ確率でうまくいってない。

 解説すれば、世界は不安定で、全ての物事は、終わりに向かって緩やかなカーブを描いている。そこにある物が、永遠に同じ形で存在することは不可能である。成功を目指しても、最終的には失敗し、目的が達成できないまま、欲望だけが膨れあがるのが世の常だ。人の心とは、常に矛盾していて説明出来るはずもなく、物質は、いつか壊れて無くなる事を思えば、幻と一緒である。永遠など無いのだ。このシステムを理解していないから「吉日の悪い行いは、必ず罰が当たり、悪日の良い行いは、必ず利益がある」などと、寝言を言うのである。物事の良い悪いは、心の問題で、日柄とは関係ない。

原文

 赤舌日(しやくぜつにちといふ事、陰陽道(おんやうだうには沙汰(さたなき事なり。昔の人、これを(まず。この(ころ、何者の((でて((はじめけるにか、この日ある事、(すゑとほらずと言ひて、その日言ひたりしこと、したりしことかなはず、(たりし物は(うしなひつ、(くはたてたりし事成らずといふ、(おろかなり。吉日(きちにち(えらびてなしたるわざの(すゑとほらぬを(かぞへて見んも、また(ひとしかるべし。

 その故は、無常変易(へんやく(さかひ、ありと見るものも存ぜず。始めある事も(をはりなし。志は遂げず。望みは絶えず。人の心不定(ふぢやうなり。物皆幻化(げんけなり。何事か暫くも住する。この(ことわりを知らざるなり。「吉日に悪をなすに、必ず凶なり。悪日に善を(おこなふに、必ず吉なり」と言へり。吉凶は、人によりて、日によらず。

注釈

 赤舌日(しやくぜつにち

  六日ごとに訪れる不吉な日。

 陰陽道(おんやうだう

  中国から伝来した方術、占い。

 変易(へんやく

  変わりやすく、常に変化する状態のこと。

徒然草 第八十五段

現代語訳

 人の心は素直でないから、嘘偽りにまみれている。しかし、生まれつき心が素直な人がいないとも言い切れない。心が腐っている人は、他人の長所を嗅ぎつけ、妬みの対象にする。もっと心が腐って発酵している人は、優れた人を見つけると、ここぞとばかりに毒づく。「欲張りだから小さな利益には目もくれず、嘘をついて人から崇め奉られている」と。バカだから優れた人の志も理解できない訳で、こんな悪態をつくのだが、この手のバカは死んでも治らない。人を欺いて小銭を巻き上げるだけで、例え頭を打っても賢くなる事はない。

 「狂った人の真似」と言って国道を走れば、そのまま狂人になる。「悪党の真似」と言って人を殺せば、ただの悪党だ。良い馬は、良い馬の真似をして駿馬になる。聖人を真似れば聖人の仲間入りが出来る。冗談でも賢人の道を進めば、もはや賢人と呼んでも過言ではない。

原文

 人の心すなほならねば、(いつはりなきにしもあらず。されども、おのづから、正直の人、などかなからん。己れすなほならねど、人の賢を見て(うらやむは、尋常(よのつねなり。(いたりて(おろかなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを(にくむ。「大きなる((んがために、少しきの(を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」と(そしる。(おのれが心に(たがへるによりてこの(あざけりをなすにて知りぬ、この人は、下愚(かぐ(せい移るべからず、(いつはりて小利をも辞すべからず、(かりりにも賢を学ぶべからず。

 狂人の真似(まねとて大路(おほちを走らば、即ち狂人なり。悪人の真似(まねとて人を殺さば、悪人なり。(を学ぶは驥の(たぐひ、(しゆんを学ぶは舜の(ともがらなり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。

注釈

 下愚(かぐ(せい移るべからず

  生まれつき最低の人間。「子曰ク。唯、上智ト下愚トハ移ラズ」と『論語』にある。

 (

  一日に千里を走る駿馬。「驥ヲ(こひねがフ馬ハ、亦、驥の馬ナリ。顔ヲ睎フ人ハ、亦、顔ノ徒ナリ」と『揚子法言』にある。

 (しゆん

  中国古代の聖帝。「鶏鳴ニシテ起キ、(々トシテ善ヲ為ス者ハ、舜ノ徒ナリ」と『孟子』にある。