現代語訳
これから芸を身につけようとする人が、「下手くそなうちは、人に見られたら恥だ。人知れず猛特訓して上達してから芸を披露するのが格好良い」などと、よく勘違いしがちだ。こんな事を言う人が芸を身につけた例しは何一つとしてない。
まだ芸がヘッポコなうちからベテランに交ざって、バカにされたり笑い者になっても苦にすることなく、平常心で頑張っていれば才能や素質などいらない。芸の道を踏み外すことも無く、我流にもならず、時を経て、上手いのか知らないが要領だけよく、訓練をナメている者を超えて達人になるだろう。人間性も向上し、努力が報われ、無双のマイスターの称号が与えられるまでに至るわけだ。
人間国宝も、最初は下手クソだとなじられ、ボロクソなまでに屈辱を味わった。しかし、その人が芸の教えを正しく学び、尊重し、自分勝手にならなかったからこそ、重要無形文化財として称えられ、万人の師匠となった。どんな世界も同じである。
原文
能 をつかんとする人、「よくせざらんほどは、なまじひに人に知 られじ。うちうちよく習ひ得 て、さし出 でたらんこそ、いと心にくからめ」と常に言ふめれど、かく言ふ人、一芸も習 ひ得 ることなし。
未 だ堅固 かたほなるより、上手の中 に交 りて、毀 り笑はるゝにも恥ぢず、つれなく過ぎて嗜 む人、天性 、そ骨 なけれども、道になづまず、濫りにせずして、年を送れば、堪能 の嗜 まざるよりは、終 に上手の位に至り、徳たけ、人に許されて、双 なき名を得 る事なり。
天下 のものの上手といへども、始めは、不堪 の聞えもあり、無下の瑕瑾 もありき。されども、その人、道の掟 正 しく、これを重くして、放埒 せざれば、世の博士 にて、万人 の師となる事、諸道変 るべからず。
注釈
下手くそだという悪い噂。
無下の
ひどすぎる屈辱。