徒然草 第百九十五段

現代語訳

 ある人が久我の畦道を真っ直ぐ歩いていると、下着姿に袴という出で立ちのオッサンが、木製の地蔵を田んぼの水に浸して、せっせと洗っていた。何事かと思い見ていると、貴族の身なりをした男が二三人やって来た。「こんな所にいたのですか」と言い、この人を引っ張って行った。この人とは、なんと久我の内大臣、通基公であらせられた。

 意識がこちら側にあった頃は、優しい立派な人だった。

原文

 (ある人、久我縄手(こがなはてを通りけるに、小袖(こそで大口(おおくち着たる人、木造りの地蔵を田の中の水におし浸して、ねんごろに洗ひけり。心得難く見るほどに、狩衣(かりぎぬの男二三人(ふたりみたり((て、「こゝにおはしましけり」とて、この人を(して去にけり。久我内大臣殿(こがのないだいじんどのにてぞおはしける。

 尋常(よのつねにおはしましける時は、神妙(しんべうに、やんごとなき人にておはしけり。

注釈

 久我縄手(こがなはて

  久我畷。京都市伏見区にある、約八キロメートルの直線道路。

 小袖(こそで大口(おおくち着たる

  大袖(礼服)の下に着る袖の小さい下着。大口は大口の袴。

 狩衣(かりぎぬ

  貴族の普段着。丸襟で袖が広い。

 久我内大臣殿(こがのないだいじんどの

  源通基。内大臣。

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