現代語訳
想夫恋という楽曲は、女が男に恋い焦がれるという意味ではない。元は「相府蓮」という。つまり当て字である。晋の王倹が大臣だった時、家に蓮を植えて愛でながら、鼻歌交じりに歌った曲なのである。以後、中国の大臣は「府蓮」と呼ばれるようになった。
「廻忽」という楽曲も、本来は「廻鶻」だった。廻鶻国という、強力な蛮族の国があった。その国の人が、中国に征服された後に、ふるさとの音楽として演奏していたのだ。
原文
想夫恋といふ楽は、女、男を恋ふる故の名にはあらず、本は相府蓮、文字の通へるなり。晋の王倹、大臣として、家に蓮を植ゑて愛せし時の楽なり。これより、大臣を蓮府といふ。
廻忽も廻鶻なり。廻鶻国とて、夷のこはき国あり。その夷、漢に伏して後に、来りて、己れが国の楽を奏せしなり。
注釈
想夫恋
雅楽の曲名。琵琶で演奏される楽曲、あるいは舞曲。
晋の王倹
南斉の人物。宋の明帝に仕えた。(晋は、兼好法師の誤り)
廻忽
唐楽の曲名。
廻鶻
トルコ系の部族で、ウイグル。
夷
未開の外国部族。