現代語訳
五条の皇居には妖怪が巣くっていた。二条為世が話すには、皇居に上がることを許された男たちが黒戸の間で碁に耽っていると、簾を上げて覗き込む者がある。「誰だ」と眼光鋭く振り向けば、狐が人間を真似て、立て膝で覗いていた。「あれは狐だ」と騒がれて、あわてて逃げ去ったそうだ。
未熟な狐が化け損なったのだろう。
原文
五条内裏 には、妖物 ありけり。藤大納言殿語 語られ侍 りしは、殿上人 ども、黒戸 にて碁 を打ちけるに、御簾 を掲 げて見るものあり。「誰 そ」と見向 きたれば、狐 、人のやうについゐて、さし覗 きたるを、「あれ狐よ」とどよまれて、惑 ひ逃げにけり。
未練 の狐、化け損じけるにこそ。
注釈
五条大宮内裏。一二七〇年に焼失。
清涼殿の北廂から弘徽殿までの西向きの戸。ここを黒戸の御所と呼ぶ。