現代語訳
恋の花片が風の吹き去る前に、ひらひらと散っていく。懐かしい初恋の一ページをめくれば、ドキドキして聞いた言葉の一つ一つが、今になっても忘れられない。サヨナラだけが人生だけど、人の心移りは、死に別れより淋しいものだ。
だから、白い糸を見ると「黄ばんでしまう」と悲しんで、一本道を見れば、別れ道を連想して絶望する人もいたのだろう。昔、歌人が百首づつ、堀川天皇に進呈した和歌に、
恋人の垣根はいつか荒れ果てて野草の中ですみれ咲くだけ
という歌があった。
好きだった人を思い出し、荒廃した景色を見ながら放心する姿が目に浮かぶ。
原文
風も吹きあへずうつろふ、人の心の花に、馴れにし年月を思へば、あはれと聞きし
言 の葉ごとに忘れぬものから、我が世の外 になりゆくならひこそ、亡 き人の別れよりもまさりてかなしきものなれ。
されば、白き糸 の染 まんことを悲 しび、路のちまたの分れんことを嘆く人もありけんかし。堀川院 の百首の歌の中に、
昔見し妹 が墻根 は荒れにけり茅 花 まじりの菫 のみして
さびしきけしき、さる事侍りけん。
注釈
堀河天皇の時代に、十六人の廷官が、題を決めて、一人百首、合計千六百首を詠んで進呈した歌。