現代語訳
陽が当たらない北向きの屋根に残雪が凍っている。その下に停車する牛車の取っ手にも霜が降り、きらりきらりと輝く。明け方の月が頼りなさそうに光り、時折雲隠れしている。人目を離れたお堂の廊下で、かなりの身分と思われる男が、女を誘って柵に腰掛け語り合っている。何を話しているのだろうか。話は終わりそうもない。
女の顔かたちが美しく光り、たまらなく良い香りをばらまいている。聞こえる話し声が時々フェードアウトしていくのが、くすぐったい。
原文
北の屋蔭に消え残りたる雪の、いたう
凍 りたるに、さし寄 せたる車の轅 も、霜いたくきらめきて、有明の月、さやかなれども、隈 なくはあらぬに、人離 れなる御堂 の廊 に、なみなみにはあらずと見ゆる男 、女となげしに尻 かけて、物語するさまこそ、何事かあらん、尽 きすまじけれ。
かぶし・かたちなどいとよしと見えて、えもいはぬ匂 ひのさと薫 りたるこそ、をかしけれ。けはひなど、はつれつれ聞こえたるも、ゆかし。
注釈
車の
車に牛をつなぐために長くした二本の棒。
邸宅の仏壇を置く場所。