現代語訳
天皇の寝床は東枕である。当然だが、東に向けた顔に朝日を浴びて目覚めると気分がよい。孔子も東枕をした。だから寝床の間取りは東枕か南枕にするのが一般的だ。白河上皇は北枕で眠った。「北枕は縁起が悪く、南向きの伊勢神宮に足を向けて眠るのはいかがな事でしょうか?」と、ある人がケチをつけたそうだ。だが、伊勢神宮の神殿は南東向きで、南ではない。
原文
夜 の御殿 は、東御枕 なり。大方 、東を枕として陽気を受 くべき故 に、孔子も東首 し給へり。寝殿のしつらひ、或は南枕、常の事なり。白河院は、北首 に御寝 なりけり。「北は忌 む事なり。また、伊勢は南なり。太神宮の御方 を御跡 にせさせ給ふ事いかゞ」と、人申しけり。たゞし、太神宮の遥拝 は、巽 に向 はせ給ふ。南にはあらず。
注釈
清涼殿の天皇の寝室。
東御枕
「夜御殿ハ、四方ニ妻戸アリ。南ノ大妻戸ハ、一間ナリ。御帳ハ、清涼殿ト同ジク、東枕ナリ」と、『禁秘抄』にある。
陽成天皇の第一子。歌人で『元良親王集』がある。
孔子も
「
白河院
白河上皇のこと。