現代語訳
明恵上人が散歩をしていると、小川で男が「
原文
栂尾 の上人 、道を過ぎ給ひけるに、河にて馬洗ふ男、「あしあし」と言ひければ、栂尾 の上人 立ち止りて、「あな尊や。宿執開発 の人かな。阿字 阿字 と唱 ふるぞや。如何なる人の御馬 ぞ。余りに尊 く覚 ゆるは」と尋ね給ひければ、「府生殿 の御馬に候 ふ」と答へけり。「こはめでたき事かな。阿字 本不生 にこそあンなれ。うれしき結縁 をもしつるかな」とて、感涙 を拭 はれけるとぞ。
注釈
京都市右京区梅ヶ畑高尾町にある栂尾山に高山寺を造った明恵上人。
前世の功徳が現世で花開いた人。
梵字の十に母音の初めの文字。この字が元になって全ての梵字が始まることから、森羅万象の源と考えられる。
皇居の警備を司った役人の総称。
「阿字」つまり「阿」は宇宙の根源とすると、他の物からの原因で現れた物ではなく、宇宙は不滅であるという理屈。
仏道修行に縁を見つけ、未来の悟りに縁を見つけること。