現代語訳
山科の乗願房が、東二乗院の元へ参上したときのことである。東二乗院が、「死んだ人に何かをしてあげたいのですが、どうすれば喜ばれるでしょうか」と質問された。乗願房は、「こうみょうしんごん、ほうきょういんだらに、と唱えなさい」と答えた。弟子達が、「どうしてあんなことを言ったのですか。なぜ念仏が一番尊いと言わないのですか」と責め立てる。乗願房は、「自分の宗派の事だから、軽々しいことを言えなかったのだ。正しく、なむあみだぶつ、と唱えれば、死者に通じて利益があると書いた文献を読んだことがない。万が一、根拠を問われたら困ると思って、一応、経にも書いてある、この呪文を申したのだ」と答えた。
原文
竹谷乗願房 、東二乗院 へ参 られたりけるに、「亡者 の追善 には、何事か勝利多き」と尋ねさせ給ひければ、「光明真言 ・宝篋印陀羅尼 」と申されたりけるを、弟子ども、「いかにかくは申し給ひけるぞ。念仏に勝 る事候 ふまじとは、など申し給はぬぞ」と申しければ、「我が宗 なれば、さこそ申さまほしかりつれども、正しく、称名 を追福 に修 して巨益 あるべしと説 ける経文 を見及ばねば、何に見 えたるぞと重ねて問はせ給はば、いかゞ申さんと思ひて、本経 の確かなるにつきて、この真言 ・陀羅尼 をば申しつるなり」とぞ申されける。
注釈
「竹谷」は京都市山科。「乗願房」は、権中納言長方の子で、竹谷上人と呼ばれた。法然上人の弟子である。
後深草天皇の皇后、公子。西園寺実氏の娘。
大日如来の呪文。仏、菩薩の全てを通じる呪文か。