疑いが起こったとき

徒然草 第百七十四段

現代語訳

 スズメ狩りに向いている犬をキジ狩りに使うと、再びスズメ狩りに使えなくなると言う。大物を知ってしまうと小物に目もくれなくなるという摂理は、もっともだ。世間には、やることが沢山あるが、仏の道に身をゆだねることよりも心が満たされることはない。これは、一生で一番大切なことである。いったん仏の道に足を踏み入れたら、この道を歩く人は、何もかも捨てることができ、何かを始めることもない。どんな阿呆だとしても、賢いワンちゃんの志に劣ることがあろうか。

原文

 小鷹(こたかによき犬、大鷹(おほたかに使ひぬれば、小鷹にわろくなるといふ。大に(き小を捨つる(ことわり、まことにしかなり。人事(にんじ多かる中に、道を楽しぶより気味(きみ深きはなし。これ、(まことの大事なり。一度、道を聞きて、これに志さん人、いづれのわざか(すたれざらん、何事をか営まん。愚かなる人といふとも、賢き犬の心に劣らんや。

徒然草 第百七十二段

現代語訳

 若者は血の気が多く、心がモヤモヤしていて、何にでも発情する。危険な遊びを好み、いつ壊れてもおかしくないのは、転がっていく卵のようだ。綺麗な姉ちゃんに狂って、貯金を使い果たしたかと思えば、それも捨て、托鉢の真似事などをしだす。有り余った体力の捌け口に喧嘩ばかりして、プライドだけは高く、羨んだり、好んだり、気まぐれで、浮気ばかりしている。そして、性愛に溺れ、人情に脆い。好き勝手に人生を歩み、犬死にした英雄の伝説に憧れて、自分もギリギリの人生を送りたいと思うのだが、結局は、世の末まで恥ずべき汚点を残す。このように進路を誤るのは、若気の至りである。

 一方、老人は、やる気がなく、気持ちも淡泊で細かいことを気にせず、いちいち動揺しない。心が平坦だから、意味の無い事もしない。健康に気を遣い、病院が大好きで、面倒な事に関わらないように注意している。年寄りの知恵が若造に秀でているのは、若造の見てくれが老人よりマシなのと同じである。

原文

 若き時は、血気(けつき(うちに余り、心、物に動きて、情欲多し。身を(あやぶめて、(くだ(やすき事、(たまを走らしむるに似たり。美麗(びれいを好みて宝を(つひやし、これを捨てて(こけ(たもと(やつれ、勇める心盛りにして、物と争ひ、心に恥ぢ羨み、好む所日々に定まらず、色に耽り、情にめで、行ひを潔くして、百年(ももとせの身を誤り、命を失へる例願はしくして、身の(またく、久しからん事をば思はず、(ける(かたに心ひきて、永き世語りともなる。身を(あやまつ事は、若き時のしわざなり。

 老いぬる人は、精神(せいしん(おとろへ、(あは(おろそかにして、感じ動く所なし。心(おのづから静かなれば、無益(むやくのわざを為さず、身を助けて(うれへなく、人の(わづらひなからん事を思ふ。老いて、智の、若きにまされる事、若くして、かたちの、老いたるにまされるが如し。

徒然草 第百四十二段

現代語訳

 心に血が通っていないように見える人でも、たまには超越したことを言うものだ。乱暴者で怖そうな男が同僚に、「子供はいるのか?」と訊ねた。「一人もいないぞ」と答えたので、「ならば世の中に満ちあふれている愛を知らないだろう。お前が冷酷な人間に見えて恐ろしくなってきた。子供がいてこそ真の愛を知ることができるのだ」と言った。もっともである。愛に生きる道を選んだから、こんな乱暴者にも優しい気持ちが芽生えたのだ。親不孝者でも子を持てば、親の気持ちを思い知ることになる。

 人生を捨て、身よりも無くなったオッサンがいたとする。そんな分際で、要介護の親やスネを囓る子供達に人生を捧げ、他人に媚びへつらってゴマを擂っている人を馬鹿にすれば、地獄に堕ちるだろう。本人の身になって考えれば、心から愛する親、妻、子供のために、恥を忍び泥棒になるしかないと思う気持ちも分かるはずだ。そんなわけで、泥棒を逮捕してボコボコにしている場合ではなく、人々が餓死・凍死をせぬよう政治の改革をしなくてはならない。人間は最低限の収入が無くなると、ろくな事を考えなくなる。生活が破綻するから泥棒になるのだ。腐った政治の下で、餓死・凍死が絶えないから前科者が増えるのだ。政治が国民を崖っぷちに追いやって犯罪をそそのかすのに、その罪だけを償わせるとは何事か。

 ならば救済とは何か? 国を治める人が調子に乗るのを止め、豪遊も止め、国民を慈しみ、農業を奨励すればよい。それが、労働者の希望になることは疑う余地もない。着る物も食べる物も間に合っている境遇で献金活動などをしているとしたら、そいつは本当の悪人だと言ってよろしい。

原文

 心なしと見ゆる者も、よき一言(ひとことはいふものなり。ある荒夷(あらえびす(おそろしげなるが、かたへにあひて、「御子(おこはおはすや」と問ひしに、「一人も持ち(はべらず」と答へしかば、「さては、もののあはれは知り給はじ。情なき御心(みこころにぞものし給ふらんと、いと恐し。子(ゆゑにこそ、万のあはれは思ひ知らるれ」と言ひたりし、さもありぬべき事なり。恩愛(おんあいの道ならでは、かゝる者の心に、慈悲(じひありなんや。孝養(けうやうの心なき者も、子持ちてこそ、親の志は思ひ知るなれ。

 世を捨てたる人の、(よろづにするすみなるが、なべて、ほだし多かる人の、(よろづ(へつらひ、望み深きを見て、無下に思ひくたすは、僻事(ひがごとなり。その人の心に成りて思へば、まことに、かなしからん親のため、妻子のためには、恥をも(わすれ、(ぬすみもしつべき事なり。されば、盗人(ぬすびと(いましめ、僻事をのみ罪せんよりは、世の人の(ゑず、寒からぬやうに、世をば(おこなはまほしきなり。人、(つねの産なき時は、(つねの心なし。人、(きはままりて盗みす。((をさまらずして、凍餒(とうたいの苦しみあらば、(とがの者絶ゆべからず。人を苦しめ、法を(をかさしめて、それを罪なはん事、不便(ふびんのわざなり。

 さて、いかゞして人を恵むべきとならば、(かみ(おごり、(つひやす所を止め、民を(で、農を(すすめば、(しもに利あらん事、疑ひあるべからず。衣食尋常(よのつねなる上に僻事(ひがごとせん人をぞ、真の盗人(ぬすびととは言ふべき。

注釈

 恩愛(おんあい

  恩義や愛情に執着する感情。親子や夫婦の間について言う。

 孝養(けうやう

  仏教での、親の亡き後を丁重に弔うこと。

徒然草 第九十八段

現代語訳

 『一言芳談』という、坊さんの名言集を読んでいたら感動したので、ここに紹介しよう。

 一つ。やろうか、やめようか迷っていることは、通常やらない方が良い。

 一つ。死んだ後、幸せになろうと思う人は、糠味噌樽一つさえ持つ必要は無い。経本やご本尊についても高級品を使うのは悪いことだ。

 一つ。世捨てのアナーキストは、何も無い状態でもサバイバルが出来なくてはならない。

 一つ。王子は乞食に、知識人は白痴に、金持ちは清貧に、天才は馬鹿に成りきるべきである。

 一つ。仏の道を追求すると言うことは、たいした事ではない。ただ単に暇人になり、放心していればよい。

 他にも良い言葉があったが忘れてしまった。

原文

 (たふときひじりの言ひ置きける事を書き付けて、一言芳談(いちごんはうだんとかや(づけたる草子を((はべりしに、心に合ひて覚えし事ども。

 一 しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほやうは、せぬはよきなり。

 一 後世(ごせを思はん者は、糂汰瓶(じんたがめ一つも(つまじきことなり。持経(ぢきやう本尊(ほんぞんに至るまで、よき物を持つ、よしなき事なり。

 一 遁世(とんぜう者は、なきにことかけぬやうを(はからひて過ぐる、最上のやうにてあるなり。

 一 上臈(じやうらふ下臈(げらふに成り、智者は愚者に成り、徳人(とくにんは貧に(り、能ある人は無能に成るべきなり。

 一 仏道を(ねがふといふは、(べちの事なし。(いとまある身になりて、世の事を心にかけぬを、第一の道とす。

 この外もありし事ども、(おぼえず。

注釈

 一言芳談(いちごんはうだん

  浄土宗の僧侶たちの法語。百六十条を収録した語録集。

 糂汰瓶(じんたがめ

  漬け物樽のこと。

 上臈(じやうらふ下臈(げらふ

  身分の高い人、低い人。

徒然草 第六十八段

現代語訳

 九州に、何とかと言う兵隊の元締めがいた。彼は、「大根を万病の薬である」と信じて疑わず、毎朝二本ずつ焼いて食べることを長年の習慣にしてきた。

 ある日、警備の留守を見計らうように敵が館を襲撃し、彼を包囲してしまった。すると、どうしたことか、見知らぬ兵隊が二人現れて、捨て身の体勢で戦い、敵を撃退してくれた。とても不思議に思って「お見かけしないお顔ですが、このように戦って頂きまして、一体どちらさんですか?」と尋ねると「あなたがいつも信じて疑わず毎朝、食べていた大根でございます」とだけ答えて去っていった。

 どんなことでも深く信じてさえいれば、こんなラッキーなことがあるのかも知れない。

原文

 筑紫(つくしに、なにがしの押領使(あふりやうしなどいふやうなる(もののありけるが、土大根(つちおほね(よろづにいみじき薬とて、朝ごとに(ふたつづゝ(やききて食ひける事、年(ひさしくなりぬ。

 (ある時、(たち(うちに人もなかりける(ひまをはかりて、(かたき襲ひ来りて、(かこ(めけるに、(たち(うち(つはもの二人(で来て、命を(しまず戦ひて、皆((かへしてンげり。いと不思議(ふしぎに覚えて、「日比こゝにものし給ふとも見ぬ人々の、かく(たたかひし給ふは、いかなる人ぞ」と問ひければ、「年来(としごろ(たのみて、朝な朝な(めししつる土大根(つちおほねらに(さうらう」と言ひて、(せにけり。

 (ふかく信を(いたしぬれば、かゝる徳もありけるにこそ。

注釈

 筑紫(つくし

  ここでは九州全体を指す。

 押領使(あふりやうし

  地方での暴動を鎮圧するために、兵隊を率いる役職。

 土大根(つちおほね

  大根のこと。

徒然草 第三十九段

現代語訳

 ある人が法然上人に「念仏を唱えているとき、睡魔におそわれ仏道修行をおろそかにしてしまうことがあるのですが、どうしたら、この問題を解決できるでしょうか?」と訪ねたら「目が覚めているときに、念仏を唱えなさい」と答えたそうな。とってもありがたいお言葉である。

 また、「死後に天国に行けると思えば、きっと行けるだろうし、行けないと思えば無理だ」と言ったそうな。これも、とってもありがたいお言葉である。

 それから、「死後に天国に行けるかどうか心配しながらでも、念仏を唱えていれば、成仏できる」と言ったそうな。これまた、とってもありがたいお言葉である。

原文

 或人、法然(ほふねん上人(しやうにんに、「念仏の時、(ねぶにをかされて、(ぎやう(おこた(はべる事、いかゞして、この(さはりを(め侍らん」と申しければ、「目の(めたらんほど、念仏し給へ」と(いらへられたりける、いと(たふとかりけり。

 また、「往生(わうぢやうは、一定(いちぢやうと思へば一定、不定(ふぢやうと思へば不定なり」と言はれけり。これも尊し。

 また、「疑ひながらも、念仏すれば、往生す」とも言はれけり。これもまた尊し。

注釈

 法然(ほふねん上人(しやうにん

  本名は源空、法然房と名乗った。岡山生まれのお坊さん。浄土宗を開いた。

 往生(わうぢやう

  現世での命が終わり、極楽浄土で永遠の生命を得ること。

 一定(いちぢやう

  確実の意味。

 不定(ふぢやう

  一定の反意語。不確実の意味。