現代語訳
四十過ぎて性懲りもなく身体に灸を据えた後、足の裏を焼かないと、逆上せることがある。必ず足の裏の決まった場所を焼くことだ。
原文
四十以後の人、身に
灸 を加へて、三里を焼かざれば、上気 の事あり。必ず灸すべし。
注釈
三里
灸を据える時の決まった身体の場所。灸穴。
四十過ぎて性懲りもなく身体に灸を据えた後、足の裏を焼かないと、逆上せることがある。必ず足の裏の決まった場所を焼くことだ。
四十以後の人、身に
灸 を加へて、三里を焼かざれば、上気 の事あり。必ず灸すべし。
三里
灸を据える時の決まった身体の場所。灸穴。
大往生の話を人が語っているのを聞くと、「ただ、静かに取り乱すこともなく息を引き取りました」と言えば良いものを、つまらない人間が、妙に変わった脚色をして、最後の言葉や動作などを勝手に改竄して誉めたりする。死んだ本人にとっては、とんだ迷惑でしかないだろう。
死という大事件は、神や仏でさえ決定できない。どんなに勉強しても解明できない未知の世界だ。自分さえ良ければ、他人が何を言おうと関係ない。
人の終焉の有様のいみじかりし事など、人の語るを聞くに、たゞ、静かにして乱れずと言はば心にくかるべきを、愚かなる人は、あやしく、異なる相を語りつけ、言ひし言葉も振舞も、己れが好む方に誉めなすこそ、その人の日来の本意にもあらずやと覚ゆれ。
この大事は、権化の人も定むべからず。博学の士も測るべからず。己れ違ふ所なくは、人の見聞くにはよるべからず。
権化
神や仏が現世を救済するために仮の姿で降臨すること。
心に血が通っていないように見える人でも、たまには超越したことを言うものだ。乱暴者で怖そうな男が同僚に、「子供はいるのか?」と訊ねた。「一人もいないぞ」と答えたので、「ならば世の中に満ちあふれている愛を知らないだろう。お前が冷酷な人間に見えて恐ろしくなってきた。子供がいてこそ真の愛を知ることができるのだ」と言った。もっともである。愛に生きる道を選んだから、こんな乱暴者にも優しい気持ちが芽生えたのだ。親不孝者でも子を持てば、親の気持ちを思い知ることになる。
人生を捨て、身よりも無くなったオッサンがいたとする。そんな分際で、要介護の親やスネを囓る子供達に人生を捧げ、他人に媚びへつらってゴマを擂っている人を馬鹿にすれば、地獄に堕ちるだろう。本人の身になって考えれば、心から愛する親、妻、子供のために、恥を忍び泥棒になるしかないと思う気持ちも分かるはずだ。そんなわけで、泥棒を逮捕してボコボコにしている場合ではなく、人々が餓死・凍死をせぬよう政治の改革をしなくてはならない。人間は最低限の収入が無くなると、ろくな事を考えなくなる。生活が破綻するから泥棒になるのだ。腐った政治の下で、餓死・凍死が絶えないから前科者が増えるのだ。政治が国民を崖っぷちに追いやって犯罪をそそのかすのに、その罪だけを償わせるとは何事か。
ならば救済とは何か? 国を治める人が調子に乗るのを止め、豪遊も止め、国民を慈しみ、農業を奨励すればよい。それが、労働者の希望になることは疑う余地もない。着る物も食べる物も間に合っている境遇で献金活動などをしているとしたら、そいつは本当の悪人だと言ってよろしい。
心なしと見ゆる者も、よき
一言 はいふものなり。ある荒夷 の恐 しげなるが、かたへにあひて、「御子 はおはすや」と問ひしに、「一人も持ち侍 らず」と答へしかば、「さては、もののあはれは知り給はじ。情なき御心 にぞものし給ふらんと、いと恐し。子故 にこそ、万のあはれは思ひ知らるれ」と言ひたりし、さもありぬべき事なり。恩愛 の道ならでは、かゝる者の心に、慈悲 ありなんや。孝養 の心なき者も、子持ちてこそ、親の志は思ひ知るなれ。
世を捨てたる人の、万 にするすみなるが、なべて、ほだし多かる人の、万 に諂 ひ、望み深きを見て、無下に思ひくたすは、僻事 なり。その人の心に成りて思へば、まことに、かなしからん親のため、妻子のためには、恥をも忘 れ、盗 みもしつべき事なり。されば、盗人 を縛 め、僻事をのみ罪せんよりは、世の人の饑 ゑず、寒からぬやうに、世をば行 はまほしきなり。人、恒 の産なき時は、恒 の心なし。人、窮 まりて盗みす。世 治 らずして、凍餒 の苦しみあらば、科 の者絶ゆべからず。人を苦しめ、法を犯 さしめて、それを罪なはん事、不便 のわざなり。
さて、いかゞして人を恵むべきとならば、上 の奢 り、費 す所を止め、民を撫 で、農を勧 めば、下 に利あらん事、疑ひあるべからず。衣食尋常 なる上に僻事 せん人をぞ、真の盗人 とは言ふべき。
恩義や愛情に執着する感情。親子や夫婦の間について言う。
仏教での、親の亡き後を丁重に弔うこと。
サクラの花は満開の時だけを、月は影のない満月だけを見るものだろうか? 雨に打たれて雲の向こうに浮かぶ月を恋しく思い、カーテンを閉め切って春が終わっていくのを見届けないとしても、また、ふんわりと優しい気持ちになるものだ。こぼれそうなツボミの枝や、花びらのカーペットが敷かれている庭だって見所はたくさんある。短歌の説明書きなどでも「お花見に行ったのですが、既に散り去っていて」とか「のっぴきならぬ事情で花見に行けなくて」と書いてあるのは「満開のサクラを見て詠みました」と書いてある短歌に負けることがあるだろうか? 花が散り、月が欠けていくのを切ない気持ちで見つめるのは自然なことであるが、なかには、この気持ちを知らない人がいて「この枝も、あの枝も、花が散ってしまった。もう花見など出来ない」と騒ぐ。
この世界の事は、始めと終わりが大切なのだ。男女のアフェアだって、本能の赴くまま睦み合うのが全てだろうか? 逢わずに終わった恋の切なさに胸を焦がし、変わってしまった女心と、未遂に終わった約束に放心しながら、終わりそうもない夜を一人で明かし、恋しい人がいる場所に男の哀愁をぶっ放したり、雑草の生い茂る荒れ果てた庭を眺めては、懐かしいあの頃を想い出したりするのが、恋の終着駅に違いない。澄み切った空に、光り輝く満月が空を照らす景色よりも、夜明け近くまで待ち続け、やっと出た月が、妖しく青い光を放ち、山奥の杉の枝にぶら下がったり、樹の間に影を作ったり、時折雨を降らせた雲の向こうに隠れているのは、格別に神々しい。椎や樫の木の濡れた葉の上に、月の光がキラキラと反射しているのを見ると、心が震え、この気持ちを誰かと共有したくなり、京都が恋しくなる。
月であってもサクラであっても、一概に目だけで見るものだろうか? サクラが咲き乱れる春は、家から一歩も出なくても、満月の夜は、部屋に籠もっていても、妄想だけで気持ちを増幅させることは可能だ。洗練された人は好事家には見えず、貪ったりしない。中途半端な田舎者ほど、実体だけをねちっこく有り難がる。サクラの木の根本にへばりついて、身をよじらせ、すり寄って、穴が空くほど見つめていたかと思えば、宴会を始め、カラオケにこぶしを震わせたあげく、太い枝を折って振り回したりする始末である。澄んだ泉には手足をぶち込むし、雪が降れば、地面に降りて足跡を付けたがり、自然をあるがままに、客観的に受け入れられないようだ。
こういう田舎者が、下鴨神社の葵祭を見物している現場は、大変ちんちくりんである。「見せ物がなかなか来ない。来るまでは観客席にいる必要もない」などと言って、奥にある部屋で酒を飲み、出前を取って、麻雀、花札などのギャンブルに燃える。見物席に見張りを立たせておいたので、「いま通り過ぎます」と報告があった時に、あれよあれよと内臓が圧迫するぐらいの勢いで、お互いに牽制しながら走り、落っこちそうになるまで、すだれを押し出して、押しくらまんじゅう。一瞬でも見逃すまいと凝視して、「ガー。ピー」と何かあるたびに奇声を発する。行列が去ると「次が来るまで」と、見物席から消えていく。ただ単に祭の行列だけを見ようと思っているのだろう。一方、都会の気高い人は目を閉じて、何も見ようとしない。都会の若者たちは、主人の世話に立ったり座ったりして、見物を我慢している。控えのお供も、品なく身を乗り出したりせず、無理をして祭を見ようとしない。
葵祭の日だから思い思いに葵の葉を掛けめぐらせて、街は不思議な雰囲気である。そんな中、日の出に、するすると集まってくる車には「誰が乗るのだろうか」と思い、あの人だろうか? それともあの人だろうか? と、思いを巡らせていると、運転手や執事などに見覚えのある人がいる。そして煌びやかに輝く葵の葉を纏った車が流れて行くのを見れば、我を忘れてしまう。日が落ちる頃、並んでいた車も、黒山の人集りも、一体どこへ消えて行くのだろうか? 人が疎らになり、帰りの車が行ってしまうと、スダレやゴザが片付けられ、目の前が淋しくなる。そして、永遠なんて何一つ無い世の中とオーバーラップして儚い気持ちになる。行列を見るよりも、終日、大通りの移り変わりを見るのが本当の祭見物なのだ。
見物席の前を往来している人の中に、知った顔が大勢いたので、世間の人口も、それほど多くないと思った。この人達がみんな死んでしまった後に、私が死ぬ運命だったとしても、たいした時間も残されていないだろう。大きな袋に水を入れて針で小さな穴を刺したら、水滴は少しずつ落ちるが、留まることが無いのだから最後は空になる。同じく、都会に生きる人の誰かが一人も死なない日など無い。毎日、死者は一人や二人では済まない。鳥部野や舟岡、他の火葬場にも棺桶がやたら多く担ぎ込まれる日があるけれど、棺桶を成仏させない日などない。だから棺桶業者は、作っても、作っても在庫不足に悩まされる。若くても、健康でも、忘れた頃にやって来るのが死の瞬間である。今日まで何とか生きてこられたのは有り得ないことで、奇跡でしかない。「こんな日がいつまでも続けばいいな」などと、田分けた事を考えている場合ではないのだ。オセロなど盤上にコマを並べている時は、ひっくり返されるコマがどれだか分からないが、まず一カ所をひっくり返して、何とか逃れても、その次の手順で、その外側がひっくり返されてしまう。このコマが取れる、あのコマが取れる、とやっているうちに、どれも取れなくなってしまい、結局は全部、ひっくり返されて、盤上は真っ黒になる。これは、死から逃れられないのと、非常によく似ている。兵隊が戦場に行けば、死が近いと悟って、家や自分の身体のことも忘れる。しかし、「世を捨てました」と言って隠遁しているアナーキストが、掘っ建て小屋の前で、いぶし銀に石を置き、水を流して庭をいじりをし、自分の死を夢にも思っていないのは、情けないとしか言いようがない。静かな山奥に籠もっていたとしても、押し寄せる強敵、平たく言うと死の瞬間が、あっという間にやって来ないことがあるだろうか? 毎日、死と向かい合っているのだから、敵陣に突き進む兵隊と同じなのだ。
花は盛りに、月は
隈 なきをのみ、見るものかは。雨に対ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行衛 知らぬも、なほ、あはれに情け深し。咲きぬべきほどの梢 、散り萎れたる庭などこそ、見所 多けれ。歌の詞書 にも、「花見にまかれりけるに、早く散り過ぎにければ」とも、「障る事ありてまからで」なども書けるは、「花を見て」と言へるに劣 れる事かは。花の散り、月の傾 くを慕 ふ習ひはさる事なれど、殊 にかたくななる人ぞ、「この枝、かの枝散 りにけり。今は見所なし」などは言ふめる。
万 の事も、始め・終りこそをかしけれ。男 女 の情 も、ひとへに逢 ひ見るをば言ふものかは。逢 はで止 みにし憂 さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜を独り明し、遠き雲井 を思ひやり、浅茅 が宿 に昔を偲 ぶこそ、色好 むとは言はめ。望月 の隈なきを千里 の外 まで眺めたるよりも、暁 近くなりて待ち出 でたるが、いと心深う青 みたるやうにて、深き山の杉の梢 に見えたる、木の間 の影、うちしぐれたる村雲隠れのほど、またなくあはれなり。椎柴 ・白樫 などの、濡 れたるやうなる葉の上にきらめきたるこそ、身に沁みて、心あらん友もがなと、都恋しう覚 ゆれ。
すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去 らでも、月の夜は閨 のうちながらも思へるこそ、いとたのもしうをかしけれ。よき人は、ひとへに好 けるさまにも見えず、興 ずるさまも等閑 なり。片田舎 の人こそ、色こく、万はもて興ずれ。花の本 には、ねぢより、立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌 して、果は、大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉 には手足さし浸して、雪には下り立ちて跡 つけなど、万の物、よそながら見ることなし。
さやうの人の祭 見 しさま、いと珍 らかなりき。「見事いと遅し。そのほどは桟敷 不用なり」とて、奥なる屋にて、酒飲み、物食ひ、囲碁 ・双六 など遊びて、桟敷 には人を置きたれば、「渡り候 ふ」と言ふ時に、おのおの肝 潰 るゝやうに争ひ走り上りて、落ちぬべきまで簾 張り出 でて、押し合ひつゝ、一事 も見洩さじとまぼりて、「とあり、かゝり」と物毎に言ひて、渡り過ぎぬれば、「また渡らんまで」と言ひて下りぬ。たゞ、物をのみ見んとするなるべし。都の人のゆゝしげなるは、睡 りて、いとも見ず。若く末々 なるは、宮仕 へに立ち居 、人の後 に侍 ふは、様 あしくも及びかゝらず、わりなく見んとする人もなし。
何となく葵 懸 け渡してなまめかしきに、明けはなれぬほど、忍 びて寄 する車どものゆかしきを、それか、かれかなど思ひ寄すれば、牛飼 ・下部 などの見知れるもあり。をかしくも、きらきらしくも、さまざまに行き交ふ、見るもつれづれならず。暮るゝほどには、立て並べつる車ども、所なく並 みゐつる人も、いづかたへか行きつらん、程なく稀 に成りて、車どものらうがはしさも済みぬれば、簾 ・畳 も取り払ひ、目の前にさびしげになりゆくこそ、世の例 も思ひ知られて、あはれなれ。大路 見たるこそ、祭見たるにてはあれ。
かの桟敷 の前をこゝら行き交 ふ人の、見知れるがあまたあるにて、知りぬ、世の人数 もさのみは多からぬにこそ。この人皆失 せなん後 、我が身死ぬべきに定 まりたりとも、ほどなく待ちつけぬべし。大きなる器 に水を入れて、細き穴を明けたらんに、滴ること少しといふとも、怠 る間 なく洩 りゆかば、やがて尽きぬべし。都の中に多き人、死なざる日はあるべからず。一日に一人・二人のみならんや。鳥部野 ・舟岡 、さらぬ野山にも、送る数多かる日はあれど、送らぬ日はなし。されば、棺 を鬻 く者、作りてうち置くほどなし。若きにもよらず、強きにもよらず、思ひ懸けぬは死期 なり。今日 まで遁 れ来 にけるは、ありがたき不思議 なり。暫 しも世をのどかには思ひなんや。継子立 といふものを双六 の石にて作りて、立て並べたるほどは、取られん事いづれの石とも知らねども、数 へ当てて一つを取りぬれば、その外は遁れぬと見れど、またまた数 ふれば、彼是 間抜 き行くほどに、いづれも遁 れざるに似たり。兵 の、軍 に出 づるは、死に近きことを知りて、家をも忘れ、身をも忘る。世を背 ける草の庵 には、閑かに水石 を翫びて、これを余所に聞くと思へるは、いとはかなし。閑かなる山の奥、無常 の敵 競 ひ来 らざらんや。その、死に臨 める事、軍 の陣 に進めるに同じ。
和歌の説明書き。
椎の木や、椎の木から生えている草木。
ブナ科の常緑樹。
鳥部山(第七段参照)の山麓。墓地、火葬場があった。
京都市上京区にある舟の形の丘。墓地、火葬場があった。
室町時代の数学を使った遊び。
高倉上皇の法華堂で念仏まみれだった坊さんに、何とかの律師という人がいた。ある日、鏡を手にして自分の顔を注意深く見つめていると、我ながら気味悪くグロテスクなのにショックを受けた。そして、鏡までもが邪悪な物に思えて恐ろしく二度と手にしなかった。人と会わず、修行の時にお堂に顔を出すだけで引き籠もっていたと聞いたが、天晴れである。
頭が良さそうな人でも、他人の詮索ばかりに忙しく、自分の事は何も知らないようだ。自分の事さえ知らないのに、他人の事など分かるわけもない。だから、自分の分際を知る人こそ、世の中の仕組みを理解している人と呼ぶべきだ。普通は、自分が不細工なのも知らず、心が腐っているのも知らず、腕前が中途半端なのも知らず、福引きのハズレ玉と同じ存在だということも知らず、年老いていくことも知らず、いつか病気になることも知らず、死が目の前に迫っていることも知らず、修行が足りないことにも気がついていない。自分の欠点も知らないのだから、人から馬鹿にされても気がつかないだろう。しかし、顔や体は鏡に映る。年齢は数えれば分かる。だから、自分を全く知らないわけでもない。だが、手の施しようが無いのだから、知らないのと同じなのだ。「整形手術をしろ」とか「若作りしろ」と言っているのではない。「自分はもう駄目だ」と悟ったら、なぜ、世を捨てないのか。老いぼれたら、なぜ、老人ホームで放心しないのか。「気合いの入っていない人生だった」と後悔したら、なぜ、それを深く追及しないのか。
全てにおいて人気者でもないのに人混みにまみれるのは、恥ずかしいことである。多くの人は無様な姿をさらして節操もなく表舞台に立ったり、薄っぺらな教養を持ってして学者の真似をしたり、中途半端な腕前で熟練の職人の仲間入りをしたり、鰯雲のような白髪頭をして若者に混ざり肩を並べたりしている。それだけで足りないのか、あり得ないことを期待し、出来ないことを妄想し、叶わない夢を待ちわびて、人の目を気にして恐れ、媚びへつらうのは、他人から受ける恥ではない。意味もなく欲張る気持ちに流されて、自ら進んでかく恥なのだ。欲望が止まらないのは、命が終わってしまうという大事件が、もうそこまでやって来ていることを身に染みて感じていない証拠である。
高倉院 の法華堂 の三昧僧 、なにがしの律師 とかやいふもの、或時、鏡を取りて、顔をつくづくと見て、我がかたちの見にくゝ、あさましき事余りに心うく覚 えて、鏡さへうとましき心地しければ、その後、長く、鏡を恐れて、手にだに取らず、更に、人に交 はる事なし。御堂 のつとめばかりにあひて、籠 り居たりと聞き侍りしこそ、ありがたく覚えしか。
賢 げなる人も、人の上 をのみはかりて、己 れをば知 らざるなり。我を知らずして、外 を知るといふ理 あるべからず。されば、己れを知るを、物 知れる人といふべし。かたち醜 けれども知らず、心の愚 かなるをも知らず、芸の拙 きをも知らず、身の数ならぬをも知らず、年の老いぬるをも知らず、病の冒 すをも知らず、死の近き事をも知らず、行 ふ道の至 らざるをも知らず。身の上の非を知 らねば、まして、外 の譏 りを知らず。但 し、かたちは鏡に見ゆ、年は数 へて知る。我が身の事知らぬにはあらねど、すべきかたのなければ、知らぬに似たりとぞ言はまし。かたちを改 め、齢 を若くせよとにはあらず。拙 きを知らば、何ぞ、やがて退 かざる。老いぬと知らば、何ぞ、閑 かに居て、身を安くせざる。行 ひおろかなりと知らば、何ぞ、茲 を思 ふこと茲にあらざる。
すべて、人に愛楽 せられずして衆 に交 はるは恥なり。かたち見にくゝ、心おくれにして出 で仕 へ、無智にして大才 に交はり、不堪 の芸を持ちて堪能 の座に列 り、雲の頭 を頂 きて盛 りなる人に並び、況 んや、及ばざる事を望み、叶 はぬ事を憂 へ、来 らざることを待ち、人に恐れ、人に媚 ぶるは、人の与ふる恥にあらず、貪 る心に引かれて、自ら身を恥かしむるなり。貪る事の止 まざるは、命を終 ふる大事、今こゝに来 れりと、確 かに知らざればなり。
高倉上皇のこと。
御陵内で法華経三昧の生活をしている僧侶。
僧官の中で、僧正、僧都、に継ぐ官位。
貧乏人は、金を貢ぐのを愛情表現だと思い、老いぼれは、肉体労働の役務が社会貢献だと思っている。そう思うのは身の程知らずでしかない。自分の限界を知って、出来ないことはやらないことだ。それが許されないのなら、許さない人の頭が狂っている。身の程知らずにもリミッターを解除したら、自分の頭が狂っている証拠だ。
貧乏人が見栄を張れば泥棒になるしかなく、老人が土木作業をやり続ければ病気で死ぬのが世の常である。
貧しき者は、財 をもッて礼とし、老いたる者は、力 をもッて礼とす。己が分 を知りて、及ばざる時は速 かに止 むを、智といふべし。許 さざらんは、人の誤 りなり。分を知らずして強 ひて励 むは、己れが誤りなり。
貧しくして分 を知らざれば盗 み、力衰 へて分を知らざれば病を受く。
人間は争うことなく、自分の主張を曲げてでも人の主張を受け入れ、自分を後回しにしてでも他人を優先するのが何よりである。
世間に数多ある遊び事の中でも勝負事が好きな人は、勝利の悦楽に浸りたいからするのである。自分の能力が相手より優れているのが、たまらなく嬉しいのだ。だから負けた時の虚しさも身に染みるほど知っている。だからといって自ら進んで敗北を選び相手を喜ばせたとしたら、とても虚しい八百長だ。相手に悔しい気持ちをさせて楽しむのは、単なる背徳でしかない。仲間同士の戯れ合い勝負でも、本質は友を罠にはめて自分の知能指数を確認するのだから、かなり無礼である。ケチくさい宴会の与太話から始まって、仕舞いには大喧嘩になることがよくあるではないか。これは全部、戦闘的な心が行き着く終着駅なのだ。
他人に勝ちたいのなら、脇目も振らず勉強をして知識で勝てば良い。しっかり勉強して世の中の仕組みが理解できれば利口ぶることもなく、仲間と争っても馬鹿馬鹿しいだけだと思うだろう。名誉ある閣僚入りを辞退し、権利収入を放棄する心が働くのは、ひとえに学問のなせる技なのである。
物に争はず、己れを
枉 げて人に従ひ、我が身を後 にして、人を先にするには及かず。
万の遊びにも、勝負を好む人は、勝ちて興あらんためなり。己れが芸のまさりたる事を喜ぶ。されば、負けて興なく覚ゆべき事、また知られたり。我負けて人を喜ばしめんと思はば、更に遊びの興なかるべし。人に本意 なく思はせて我が心を慰 まん事、徳に背 けり。睦しき中に戯 るゝも、人に計り欺きて、己れが智のまさりたる事を興とす。これまた、礼にあらず。されば、始め興宴 より起りて、長き恨みを結ぶ類 多し。これみな、争 ひを好 む失 なり。
人にまさらん事を思はば、たゞ学問して、その智を人に増さんと思ふべし。道を学ぶとならば、善に伐 らず、輩に争ふべからずといふ事を知るべき故 なり。大きなる職をも辞し、利をも捨 つるは、たゞ、学問の力なり。
孔子の一番弟子、顔回は他人に面倒をかけないことをモットーとした。どんな場面でも、人に嫌な思いをさせ、非道い仕打ちを与えてはならず、貧乏人から希望を奪う事は許されない。しかし、子供に嘘をつき、いたぶり、からかって気晴らしをする人がいる。相手が大人なら冗談で済むが、子供心にはトラウマになり、怖さと恥ずかしさで壊れそうになってしまう。いたい気な子供をいたぶって喜ぶのは、真っ当な大人のすることではない。喜怒哀楽はドーナツの穴のように実態がないが、大人になっても心に迷いがあるではないか。
身体を傷つけるよりも、心を傷つける方がダメージが大きい。多くの病気は、心が駄目になると発症する。外から感染する病気は少ない。ドーピングで発汗しないことがあっても、恥に赤面したり、恐怖にちびりそうになると必ず汗がダラダラと流れ出す。だから、心の作用だとわかるはずだ。楼閣の高所で文字を書いた書道家が、骨の髄まで灰になった例も、なきにしもあらずだ。
顔回 は、志、人に労を施さじとなり。すべて、人を苦 しめ、物を虐 ぐる事、賤 しき民の志をも奪 ふべからず。また、いときなき子を賺 し、威 し、言ひ恥かしめて、興ずる事あり。おとなしき人は、まことならねば、事にもあらず思へど、幼 き心には、身に沁みて、恐 ろしく、恥 づかしく、あさましき思ひ、まことに切 なるべし。これを悩 まして興ずる事、慈悲 の心にあらず。おとなしき人の、喜び、怒り、哀しび、楽しぶも、皆虚妄 なれども、誰か実有 の相 に著 せざる。
身をやぶるよりも、心を傷 ましむるは、人を害 ふ事なほ甚だし。病を受くる事も、多くは心より受く。外 より来 る病は少し。薬を飲みて汗を求むるには、験 なきことあれども、一旦 恥ぢ、恐るゝことあれば、必ず汗を流すは、心のしわざなりといふことを知るべし。凌雲 の額を書きて白頭 の人と成りし例、なきにあらず。
孔子の一番弟子。目医者ではない。孔門十哲の一人。
直してもどうにもならないものは、ぶっ壊した方がよい。
改 めて益 なき事は、改めぬをよしとするなり。
是法法師は浄土宗の僧侶の中でも一目置かれる存在でありながら、学者ぶったりせず、一心不乱に念仏を唱えていて、心が平和だった。理想的な姿である。
是法 法師は、浄土宗に恥ぢずといへども、学匠 を立てず、たゞ、明暮 念仏して、安らかに世を過す有様、いとあらまほし。
『徒然草』が執筆された時代の僧で歌人。
浄土宗
法然上人(第三十九段参照)を宗祖とする宗教。