現代語訳
静かに瞑想して想い出す。どんな事もノスタルジーだけはどうにもならない。
人々が寝静まった後、夜が長くて暇だから、どうでもよい物の整理整頓をした。恥ずかしい文章を書いた紙などを破り捨てていると、死んだあの子が、歌や絵を書いて残した紙を発見して、当時の記憶が蘇った。死んだ人はもちろん、長い間会っていない人の手紙などで「この手紙はいつ頃の物で、どんな用事だっただろう?」と考え込んでしまうぐらい古い物を見つけると、熱いものがこみ上げてくる。手紙や絵でなくても、死んだ人が気に入っていた日用品が、何となく今日までここにあるのを見れば、とても切ない。
原文
静かに思へば、万に、過ぎにしかたの恋しさのみぞせんかたなき。
人静まりて後、長き夜のすさびに、何となき具足 とりしたゝめ、残し置かじと思ふ反古 など破 り棄 つる中に、亡 き人の手習ひ、絵かきすさびたる、見出 でたるこそ、たゞ、その折の心地すれ。このごろある人の文 だに、久しくなりて、いかなる折、いつの年なりけんと思ふは、あはれなるぞかし。手馴れし具足 なども、心もなくて、変らず、久しき、いとかなし。
注釈
人静まりて
人が眠る時間。現在の午後十時頃。
「ほご」とも。書き汚した不要の紙。