現代語訳
近衛家平は、またの名を岡本関白とも言う。家平は、家来の親衛隊長、鷹匠の下毛野武勝に「捕らえた夫婦の雉を二羽、満開の梅が咲きこぼれる枝に結び付けて、ワシによこせ」と言った。武勝は、「花の枝に鳥を縛り付ける方法も、一本の枝に二羽の鳥を結び付ける方法も知りません」と突っぱねた。何としても、梅に夫婦の雉を緊縛したい家平は、料理人や、雉の献上方法に詳しい人間にも聞いてみたが、誰も知らなかった。仕方なく、武勝を呼び出して「だったら、お前が考えろ」と命令した。すると、武勝も「厭です」と言うわけにもいかず、花が散った梅の枝に雉を一羽だけ縛り付けて持参した。
伝統に従い献上した武勝が弁解するには「ご主人様から預かっております鷹の獲物の雉を献上するには、雑木林で伐採した木の枝や、梅でしたら、蕾の枝、花の散ってしまった枝に緊縛します。五葉松に緊縛することもあります。枝の長さは一メートル八十センチから二メートルまでとし、切り口は斜に切り、反対側を二センチ削ってV字に整えます。次に、枝の真ん中に雉を一羽だけ立たせます。雉が倒れないよう固定する枝と、足を留める枝が必要になります。つづら藤の蔓を割らないように使って、二カ所を固定します。藤の蔓の先端は火打ちの羽と同じ長さに切り、牛の角を真似て結びます。初雪の朝、その枝を肩に背負って、わざとらしく門をくぐります。飛び石を飛んで、初雪に足跡を付けないよう注意して、雉のうぶ毛を少しだけ散りばめて歩きます。二棟造りの欄干に枝を立て掛けます。褒美の着物を頂いたら、それを襷掛けにして、一礼して退散します。靴が埋まらない程度の積雪でしたら出直します。雉のうぶ毛を散らしたのは、ご主人様から預かっている鷹が、雉の弱点を狙って狩りをした証拠です」と、尤もな事を、教科書の朗読のように言って誤魔化した。
満開の梅の枝に、なぜ雉を緊縛しなかったのだろうか。九月頃、造花の梅に雉を縛って「あなたのために手折った梅なので、秋でも花が満開です」と、キザな短歌を作った話が『伊勢物語』にもあった。イミテーションなら問題ないのだろうか。
原文
岡本関白殿 、盛りなる紅梅の枝に、鳥一双 を添へて、この枝に付 けて参 らすべきよし、御鷹飼 、下毛野武勝 に仰せられたりけるに、「花に鳥付 くる術 、知り候はず。一枝 に二つ付くる事も、存知 し候はず」と申しければ、膳部 に尋ねられ、人々に問はせ給ひて、また、武勝に、「さらば、己れが思はんやうに付けて参らせよ」と仰 せられたりければ、花もなき梅の枝に、一つを付けて参らせけり。
武勝 が申し侍 りしは、「柴の枝、梅の枝、つぼみたると散 りたるとに付 く。五葉 などにも付 く。枝の長 さ七尺、或は六尺、返し刀五分に切る。枝の半 に鳥を付 く。付 くる枝、踏 まする枝あり。しゞら藤 の割らぬにて、二所 付くべし。藤の先 は、ひうち羽 の長 に比 べて切 りて、牛の角のやうに撓 むべし。初雪の朝 、枝を肩 にかけて、中門 より振舞 ひて参る。大砌 の石を伝ひて、雪に跡をつけず、あまおほひの毛を少しかなぐり散らして、二棟 の御所 の高欄 に寄 せ掛 く。禄 を出 ださるれば、肩 に掛 けて、拝して退 く。初雪といへども、沓 のはなの隠れぬほどの雪には、参 らず。あまおほひの毛を散 らすことは、鷹はよわ腰 を取る事なれば、御鷹の取りたるよしなるべし」と申しき。
花に鳥付 けずとは、いかなる故 にかありけん。長月 ばかりに、梅の作り枝に雉 を付けて、「君がためにと折 る花は時しも分 かぬ」と言 へる事、伊勢物語 に見えたり。造 り花は苦 しからぬにや。
注釈
近衛家平。関白で岡本殿と号した。
鷹を育てて鷹狩をする近衛兵。
近衛兵の隊長。岡本関白の父の時代から家来として仕えた。
岡本関白の住み込み料理人。
五枚葉の松。
返し刀
枝を切る際に、片方を斜に大きく切り、反対を切るときに切り口を整えること。
しゞら
ひうち
鷹の翼の下にある小さな羽。
寝殿造の対屋から泉殿・釣殿の郭の中にある門。
大げさな身振りをする。
軒下に敷いた石畳。
褒美にもらう品物。通常は衣類である。
御鷹
主人から預かっている鷹。
君がためにと
「我がたのむ君がためにと折る花は時しも分かぬものにぞありける」(『伊勢物語』第九十八段より)私が主人として全てを捧げた君主のために折った花です。秋の季節にも変わらず梅の花を咲かせているのは、私の変わらない忠誠心です。「時しも」の中に「雉」を織り込んでいる。
平安時代初期の歌物語。主人公は在原業平がモデルとされる。