現代語訳
後醍醐天皇の時代、平安京のコンサートホールで演奏会が開催されたのは、宮中に秘蔵されていた琵琶の名器、玄上が盗難にあった頃だった。名手、菊亭兼季が、もう一つの名器、牧馬を弾くことになった。席に座り手探りでチューニングをしていると、支柱を一本落としてしまった。菊亭は、ポケットに米を練った糊を忍ばせておいたので、修理した。準備が完了して供え物が飾り終わる頃には、よく乾いていて、演奏に差し支えはなかった。
だが、何か恨みでもあったのだろうか? 観客席から覆面女が乱入して、支柱を取り外して、元に戻して置いたという。
原文
元応 の清暑堂 の御遊 に、玄上 は失 せにし比 、菊亭大臣 、牧馬 を弾 じ給ひけるに、座に著 きて、先 づ柱 を探られたりければ、一つ落ちにけり。御懐 にそくひを持ち給ひたるにて付けられにければ、神供 の参る程によく干 て、事故 なかりけり。
いかなる意趣 かありけん。物見ける衣被 の、寄りて、放ちて、もとのやうに置きたりけるとぞ。
注釈
後醍醐天皇の時代。(一三一九年四月から一三二一年二月)だが、この話は文保二年(一三一八年)の出来事であった。
平城京の大内裏にある神楽が行われる場所。御遊は音楽を奏でること。
宮中に保管されていた琵琶の名器。
藤原
上記の「玄上」と同じく琵琶の名器。