現代語訳
人の心は素直でないから、嘘偽りにまみれている。しかし、生まれつき心が素直な人がいないとも言い切れない。心が腐っている人は、他人の長所を嗅ぎつけ、妬みの対象にする。もっと心が腐って発酵している人は、優れた人を見つけると、ここぞとばかりに毒づく。「欲張りだから小さな利益には目もくれず、嘘をついて人から崇め奉られている」と。バカだから優れた人の志も理解できない訳で、こんな悪態をつくのだが、この手のバカは死んでも治らない。人を欺いて小銭を巻き上げるだけで、例え頭を打っても賢くなる事はない。
「狂った人の真似」と言って国道を走れば、そのまま狂人になる。「悪党の真似」と言って人を殺せば、ただの悪党だ。良い馬は、良い馬の真似をして駿馬になる。聖人を真似れば聖人の仲間入りが出来る。冗談でも賢人の道を進めば、もはや賢人と呼んでも過言ではない。
原文
人の心すなほならねば、
偽 りなきにしもあらず。されども、おのづから、正直の人、などかなからん。己れすなほならねど、人の賢を見て羨 むは、尋常 なり。至 りて愚 かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎 む。「大きなる利 を得 んがために、少しきの利 を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」と謗 る。己 れが心に違 へるによりてこの嘲 りをなすにて知りぬ、この人は、下愚 の性 移るべからず、偽 りて小利をも辞すべからず、仮 りにも賢を学ぶべからず。
狂人の真似 とて大路 を走らば、即ち狂人なり。悪人の真似 とて人を殺さば、悪人なり。驥 を学ぶは驥の類 ひ、舜 を学ぶは舜の徒 なり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。
注釈
生まれつき最低の人間。「子曰ク。唯、上智ト下愚トハ移ラズ」と『論語』にある。
一日に千里を走る駿馬。「驥ヲ
中国古代の聖帝。「鶏鳴ニシテ起キ、