徒然草 第八十六段

現代語訳

 惟継(これつぐの中納言は、自然派の多才な詩人だった。お経漬けの仏道修行をする為に、三井寺の寺法師だった円伊僧正と同棲していた。文保の時代、三井寺が延暦寺の僧侶に放火されて焼け落ちた時、惟継は、この法師に「三井寺の法師であったあなたの事を寺法師と呼んでおりましたが、寺も無くなったので、今からはただの法師と呼びましょう」と言ったそうだ。とても気の利いた慰め方だ。

原文

 惟継(これつぐの中納言(ちゆうなごんは、風月(ふげつ(さい(める人なり。一生精進(いつしやうしやうじんにて読経(どきやううちして、(てら法師(ほふし円伊僧正(ゑんいそうじやう同宿(どうじゆくして(はべりけるに、文保(ぶんぽうに三井寺焼かれし時、坊主(ぼうずにあひて、「御坊(ごぼうをば(てら法師(ほふしとこそ申しつれど、(てらはなければ、今よりは法師とこそ申さめ」と言はれけり。いみじき秀句(しうくなりけり。

注釈

 惟継(これつぐの中納言(ちゆうなごん

  平惟継。任権中納言で歌人。

 (てら

  「寺」とは滋賀県大津市にある、天台宗寺門、長等山園城寺(三井寺)のこと。

 円伊僧正(ゑんいそうじやう

  天台宗の権僧正で歌人。

 文保(ぶんぽう

  文保三年に、比叡山延暦寺の僧侶によって三井寺が焼き落とされた。

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