現代語訳
惟継中納言は、自然派の多才な詩人だった。お経漬けの仏道修行をする為に、三井寺の寺法師だった円伊僧正と同棲していた。文保の時代、三井寺が延暦寺の僧侶に放火されて焼け落ちた時、惟継は、この法師に「三井寺の法師であったあなたの事を寺法師と呼んでおりましたが、寺も無くなったので、今からはただの法師と呼びましょう」と言ったそうだ。とても気の利いた慰め方だ。
原文
惟継中納言は、風月の才に富める人なり。一生精進にて読経うちして、寺法師の円伊僧正と同宿して侍りけるに、文保に三井寺焼かれし時、坊主にあひて、「御坊をば寺法師とこそ申しつれど、寺はなければ、今よりは法師とこそ申さめ」と言はれけり。いみじき秀句なりけり。
注釈
惟継中納言
平惟継。任権中納言で歌人。
寺
「寺」とは滋賀県大津市にある、天台宗寺門、長等山園城寺(三井寺)のこと。
円伊僧正
天台宗の権僧正で歌人。
文保
文保三年に、比叡山延暦寺の僧侶によって三井寺が焼き落とされた。