徒然草 第百一段

現代語訳

 ある人が、大臣の任命式を取り仕切った際に、天皇の直々の任命書を持たないまま壇上に上がってしまった。失礼極まりないと分かりつつも、取りに戻るわけにもいかず放心していると、康綱係長が目立たない女子職員にお願いし、この任命書を持たせて内緒で手渡した。とても気が利く男であった。

原文

 或人(あるひと、任大臣の節会(せちゑ内辨(ないべん(つとめられけるに、内記(ないきの持ちたる宣宣命(せんみよう(らずして、堂上(たうしやうせられにけり。極まりなき失礼(しちらいなれでも、立ち帰り(るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位(ろくゐの外記(げき康綱(やすつな衣被(きぬかづきの女房をかたらひて、かの宣命を(たせて、忍びやかに(たてまつらせけり。いみじかりけり。

注釈

 任大臣の節会(せちゑ

  天皇が大臣を任命する儀式のこと。

 内辨(ないべん

  内裏の紫宸殿、承明門の中にいて、雑務を取り仕切る役人。

 内記(ないき

  中務省で、詔勅、宣命を作る役人。

 宣命(せんみよう

   天皇の命令を和国文で記した書類。

 六位(ろくゐの外記(げき康綱(やすつな

  中原康綱。外記は太政官に属す役人のこと。

 衣被(きぬかづきの女房

  衣被きの姿をした宮中に仕える高位の女官のこと。

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