現代語訳
ある人が、大臣の任命式を取り仕切った際に、天皇の直々の任命書を持たないまま壇上に上がってしまった。失礼極まりないと分かりつつも、取りに戻るわけにもいかず放心していると、康綱係長が目立たない女子職員にお願いし、この任命書を持たせて内緒で手渡した。とても気が利く男であった。
原文
或人 、任大臣の節会 の内辨 を勤 められけるに、内記 の持ちたる宣宣命 を取 らずして、堂上 せられにけり。極まりなき失礼 なれでも、立ち帰り取 るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位 外記 康綱 、衣被 きの女房をかたらひて、かの宣命を持 たせて、忍びやかに奉 らせけり。いみじかりけり。
注釈
任大臣の
天皇が大臣を任命する儀式のこと。
内裏の紫宸殿、承明門の中にいて、雑務を取り仕切る役人。
中務省で、詔勅、宣命を作る役人。
天皇の命令を和国文で記した書類。
中原康綱。外記は太政官に属す役人のこと。
衣被きの姿をした宮中に仕える高位の女官のこと。