現代語訳
人が性懲りもなく苦楽の間を逡巡するのは、ひとえに苦しいことから逃れて楽をしたいからである。楽とは何かを求め執着することだ。執着への欲求はきりがない。その欲求は第一に名誉である。名誉には二種類ある。一つは社会的名誉で、もう一つは学問や芸術の誉れである。二つ目は性欲で、三つ目に食欲がある。他にも欲求はあるが、この三つに比べればたかが知れている。こうした欲求は自然の摂理と逆さまで、多くは大失態を招く。欲求など追求しないに限る。
原文
とこしなへに
違順 に使はるゝ事は、ひとへに苦楽 のためなり。楽と言ふは、好み愛する事なり。これを求むること、止む時なし。楽欲 する所、一つには名なり。名に二種あり。行跡 と才芸との誉 れなり。二つには色欲 、三つには味 ひなり。万 の願ひ、この三つには如かず。これ、顛倒 の想 より起りて、若干 の煩 ひあり。求めざらんにには如 かじ。