現代語訳
九州に、何とかと言う兵隊の元締めがいた。彼は、「大根を万病の薬である」と信じて疑わず、毎朝二本ずつ焼いて食べることを長年の習慣にしてきた。
ある日、警備の留守を見計らうように敵が館を襲撃し、彼を包囲してしまった。すると、どうしたことか、見知らぬ兵隊が二人現れて、捨て身の体勢で戦い、敵を撃退してくれた。とても不思議に思って「お見かけしないお顔ですが、このように戦って頂きまして、一体どちらさんですか?」と尋ねると「あなたがいつも信じて疑わず毎朝、食べていた大根でございます」とだけ答えて去っていった。
どんなことでも深く信じてさえいれば、こんなラッキーなことがあるのかも知れない。
原文
筑紫 に、なにがしの押領使 などいふやうなる者 のありけるが、土大根 を万 にいみじき薬とて、朝ごとに二 つづゝ焼 きて食ひける事、年久 しくなりぬ。
或 時、館 の内 に人もなかりける隙 をはかりて、敵 襲ひ来りて、囲 み攻 めけるに、館 の内 に兵 二人出 で来て、命を惜 しまず戦ひて、皆追 ひ返 してンげり。いと不思議 に覚えて、「日比こゝにものし給ふとも見ぬ人々の、かく戦 ひし給ふは、いかなる人ぞ」と問ひければ、「年来 頼 みて、朝な朝な召 しつる土大根 らに候 う」と言ひて、失 せにけり。
深 く信を致 しぬれば、かゝる徳もありけるにこそ。
注釈
ここでは九州全体を指す。
地方での暴動を鎮圧するために、兵隊を率いる役職。
大根のこと。