現代語訳
何を考えるにしても、古き良き時代への憧れは募るばかりだ。最先端の流行は
昔に書かれた手紙は、たとえチリ紙交換に出す物でも素晴らしい。日常生活で使う言葉なども、退化してしまったみたいだ。昔は「車を発車させてください」とか「電気をつけてください」と言っていたのに、最近では「発車!」とか「点灯!」などと言っている。照明係に「立ち上がり整列して灯りをともせ」と言えばよいものを「立ち上がって明るくしろ」と言うようになったり、世界平和を祈る儀式の特設会場に作った「大会委員本部席」を「本部」と略すようになったのは「誠に遺憾である」と頑固で古風な老人が言っていた。
原文
何事も、古き世のみぞ
慕 はしき。今様 は、無下 にいやしくこそなりゆくめれ。かの木の道の匠 の造れる、うつくしき器物 も、古代の姿こそをかしと見ゆれ。
文 の詞 などぞ、昔の反古 どもはいみじき。たゞ言ふ言葉も、口をしうこそなりもてゆくなれ。古は、「車もたげよ」、「火かゝげよ」とこそ言ひしを、今様の人は、「もてあげよ」、「かきあげよ」と言ふ。「主殿寮 、人数 だて」と言ふべきを、「たちあかし、しろくせよ」と言ひ、最勝講 の御聴聞所 なるをば「御講 の廬 」とこそ言ふを、「講廬 」と言ふ。口 をしとぞ、古き人は仰 せられし。
注釈
現代の流行。現代風。
木の道の
指物師。
「ほご」とも。書き汚した不要の紙。
宮中にて庶務を扱う人が待機している場所。
東大寺、興福寺、延暦寺、園城寺の四大寺からトップクラスの僧侶を呼び寄せて、宮中で天下太平を祈る仏事。
「最勝講」が行われる場所。
「