現代語訳
大納言法印の召使いだった乙鶴丸は、やすら殿という人と仲が良かった。いつも遊びに出かけるので、法印が、乙鶴丸が帰宅した時に「どこをほっつき歩いているのだ」と尋問した。「やすら殿のお宅へ遊びに行っていました」と答えるので、法印は「やすら殿は、毛が生えているのか? それとも坊主か?」と再尋問した。乙鶴丸は、袖をスリスリしながら「さあ、どうでしょう。頭を拝見したことが無いもので」と答えた。
なぜ、頭だけが見えないのか、謎である。
原文
大納言法印 の召 し使 ひし乙鶴丸 、やすら殿といふ者を知りて、常に行き通 ひしに、或時 出 でて帰り来たるを、法印 、「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、「やすら殿 のがり罷 りて候 ふ」と言ふ。「そのやすら殿は、男 か法師か」とまた問はれて、袖 掻 き合せて、「いかゞ候ふらん。頭 をば見候はず」と答へ申しき。
などか、頭ばかりの見えざりけん。
注釈
大納言の息子で、出家し僧侶の最高位に達した者。乙鶴丸、やすら殿と共に詳細未詳。