徒然草 第九十段

現代語訳

 大納言法印の召使いだった乙鶴丸は、やすら殿という人と仲が良かった。いつも遊びに出かけるので、法印が、乙鶴丸が帰宅した時に「どこをほっつき歩いているのだ」と尋問した。「やすら殿のお宅へ遊びに行っていました」と答えるので、法印は「やすら殿は、毛が生えているのか? それとも坊主か?」と再尋問した。乙鶴丸は、袖をスリスリしながら「さあ、どうでしょう。頭を拝見したことが無いもので」と答えた。

 なぜ、頭だけが見えないのか、謎である。

原文

 大納言法印(だいなごんほふいん(使(つかひし乙鶴丸(おとづるまる、やすら殿といふ者を知りて、常に行き(かよひしに、或時(あるとき(でて帰り来たるを、法印(ほふいん、「いづくへ行きつるぞ」と問ひしかば、「やすら殿(どののがり(まかりて(さうらふ」と言ふ。「そのやすら殿は、(をとこか法師か」とまた問はれて、(そで(き合せて、「いかゞ候ふらん。(かしらをば見候はず」と答へ申しき。

 などか、頭ばかりの見えざりけん。

注釈

 大納言法印(だいなごんほふいん

  大納言の息子で、出家し僧侶の最高位に達した者。乙鶴丸、やすら殿と共に詳細未詳。

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