現代語訳
暇で放心している事に耐えられない人は、何を考えているのだろうか? 誰にも邪魔されないで、一人で変な事をしているのが一番いいのだ。
浮き世に洗脳されると心は下界の汚れでベタベタになり、すぐ迷う。他人と関われば、会話は機嫌を伺うようになり、自分の意志も折れ曲がる。人と戯れ合えば、物の奪い合いを始め、恨み、糠喜びするだけだ。すると、常に情緒不安定になり、被害妄想が膨らみ、損得勘定だけしか出来なくなる。正に迷っている上に酔っぱらっているようなものである。泥酔して堕落し路上で夢を見ているようでもある。忙しそうに走り回るわりには、ボケッとして、大切なことは忘れてしまう。人間とは皆この程度の存在である。
「仏になりたい」と思わなくても、逐電して静かな場所に籠もり、世の中に関わらず放心していれば、仮寝の宿とは言っても、希望はある。「生き様に悩んだり、人からどう見られているか気にしたり、手に職を付ける為に己を研鑽したり、教典を読み込んで論じる事など、面倒だから全て辞めてしまえ」と中国に伝わる『摩訶止観』に書いてある。
原文
つれづれわぶる人は、いかなる心ならん。まぎるゝ
方 なく、たゞひとりあるのみこそよけれ。
世に従 へば、心、外 の塵 に奪 はれて惑 ひ易く、人に交 れば、言葉、よその聞きに随 ひて、さながら、心にあらず。人に戯 れ、物に争 ひ、一度 は恨み、一度は喜ぶ。その事、定 まれる事なし。分別 みだりに起りて、得失止む時なし。惑 ひの上に酔 へり。酔 ひの中 に夢をなす。走りて急 がはしく、ほれて忘 れたる事、人皆かくの如し。
未だ、まことの道を知らずとも、縁を離れて身を閑 かにし、事にあづからずして心を安くせんこそ、しばらく楽しぶとも言ひつべけれ。「生活 ・人事 ・伎能・学問等の諸縁を止 めよ」とこそ。摩訶止観 にも侍 れ。
注釈
得失
利害や損得のこと。
中国天台宗の仏論書。天台宗の開祖、智顗が修道の要点を説明したものを、弟子の章安灌頂が書き起こして十巻に編集した。