徒然草

徒然草 第百三段

現代語訳

 大覚寺の法皇御所で、側近どもが「なぞなぞ大会」をやっていた。そこへ医者の丹波忠守がやってきた。そこで三条公明が「忠守は、我が国の人間には見えないけど、どうしてか?」という問題を作ったら、誰かが「中国の医者」と答えて笑い合っていた。「からいし」は、中国製の徳利である「唐瓶子」と、没落した「平氏」を掛けた駄洒落なのだが、ドクターは非道くご立腹の様子で、そこから立ち去った。

原文

 大覚寺(だいかくじ殿(どのにて、近習(きんじふの人ども、なぞなぞを作りて(かれける(ところへ、医師(くすし忠守(ただもり参りたりけるに、侍従大納言(だいなごん公明卿(きんあきらのきやう、「我が(てうの者とも見えぬ忠守かな」と、なぞなぞにせられにけるを、「唐医師(からへいじ」と(きて笑ひ合はれければ、腹(ちて退り(でにけり。

注釈

 大覚寺(だいかくじ殿(どの

  蓮華峰寺御所。京都市右京区嵯峨にある。

 近習(きんじふ

  (後宇多)法皇の側近。

 医師(くすし忠守(ただもり

  丹波氏。宮内卿。中国からの帰化人の子孫で『源氏物語』の注釈家。

 侍従大納言(だいなごん公明卿(きんあきらのきやう

   三条公明。歌人。

徒然草 第百二段

現代語訳

 公安の長官であった源光忠が、新年の鬼やらいの行事を取り仕切ることになったので、公賢右大臣に進行についてアドバイスを伺ったところ、「だったら又五郎さんに聞いてみなさい」と教えられた。この又五郎というのは、年老いた警備員で、国家行事の警備に勤しんだので色々と詳しかった。

 ある時、警視庁長官の近衛経忠が国家行事に参加した際に、自分が跪くための敷物を敷かずに係員を呼びつけたのを、焚き火の世話をしている又五郎が見て「まずは敷物を敷いた方が良いのでは」と、人知れず呟いた。彼もまた、とても気が利く男であった。

原文

 尹大納言(ゐんのだいなごん光忠卿(みつただきやう追儺(ついな上卿(しやうけいを勤められけるに、洞院右大臣殿(とうゐんのうだいじんどのに次第を申し(けられければ、「又五郎(またごらう(をのこを師とするより外の才覚(さいかく(そうらはじ」とぞのたまひける。かの又五郎は、老いたる衛士(ゑじの、よく公事(くじ(れたる者にてぞありける。

 近衛殿著陣(ちやくぢんし給ひける時、(ひざつきを忘れて、外記(げきを召されければ、火たきて候ひけるが、「先づ、(ひざつきを召さるべくや候ふらん」と忍びやかに(つぶやきける、いとをかしかりけり。

注釈

 尹大納言(ゐんのだいなごん光忠卿(みつただきやう

  源光忠。中央政府の風俗を取り締まり、京を警備する弾正台の長官。

 追儺(ついな上卿(しやうけい

  追儺は、大晦日、宮中で行われた鬼やらいの行事。上卿は、儀式のリーダーで、運営する公家。平たく言うと幹事。

 洞院右大臣殿(とうゐんのうだいじんどの

  洞院公賢(きんたか。右大臣。

 又五郎(またごらう(をのこ

   伝未詳。男は、男性の従者の事。

 衛士(ゑじ

  六衛府に所属し、宮中の門番や夜に篝火を焚く警備員。

 近衛殿

  近衛経忠。近衛家の上首。後に関白。

 (ひざつき

  公事の際、庭の役人が跪く時に使う敷物。畳などを使って作り、半畳ほどの大きさにする。

 外記(げき

  節会、公事の際の進行係。

徒然草 第百一段

現代語訳

 ある人が、大臣の任命式を取り仕切った際に、天皇の直々の任命書を持たないまま壇上に上がってしまった。失礼極まりないと分かりつつも、取りに戻るわけにもいかず放心していると、康綱係長が目立たない女子職員にお願いし、この任命書を持たせて内緒で手渡した。とても気が利く男であった。

原文

 或人(あるひと、任大臣の節会(せちゑ内辨(ないべん(つとめられけるに、内記(ないきの持ちたる宣宣命(せんみよう(らずして、堂上(たうしやうせられにけり。極まりなき失礼(しちらいなれでも、立ち帰り(るべきにもあらず、思ひわづらはれけるに、六位(ろくゐの外記(げき康綱(やすつな衣被(きぬかづきの女房をかたらひて、かの宣命を(たせて、忍びやかに(たてまつらせけり。いみじかりけり。

注釈

 任大臣の節会(せちゑ

  天皇が大臣を任命する儀式のこと。

 内辨(ないべん

  内裏の紫宸殿、承明門の中にいて、雑務を取り仕切る役人。

 内記(ないき

  中務省で、詔勅、宣命を作る役人。

 宣命(せんみよう

   天皇の命令を和国文で記した書類。

 六位(ろくゐの外記(げき康綱(やすつな

  中原康綱。外記は太政官に属す役人のこと。

 衣被(きぬかづきの女房

  衣被きの姿をした宮中に仕える高位の女官のこと。

徒然草 第百段

現代語訳

 久我の太政大臣が、皇居の関係者以外立ち入り禁止の間で水を飲もうとしたら、女官が焼き物のカップを持ってきた。太政大臣は「柄杓を持ってきなさい」と言って、それで飲んだ。

原文

 久我相国(こがのしやうこくは、殿上(てんじやうにて水を召しけるに、主殿司(とのもづかさ土器(かはらけ(たてまつりければ、「まがりを参らせよ」とて、まがりしてぞ召しける。

注釈

 久我相国(こがのしやうこく

  久我通光(くがみちみつ。太政大臣。歌人として多くの勅撰和歌集に入集。

 殿上(てんじやう

  清涼殿の殿上の間。公家や殿上人だけが伺候できる。

 大理(だいり

  検非違使庁の長官のこと。

 主殿司(とのもづかさ

  主殿司に属し雑務を受け持つ女官。

 土器(かはらけ

  素焼きの器や杯のこと。

 まがり

  不詳。酒や水を飲む器と思われる。

徒然草 第九十九段

現代語訳

 堀川の太政大臣は、金を持っている色男で、何事につけても派手好みだった。次男の基俊を防衛大臣に任命して黒幕になり勤めに励んだ。太政大臣は庁舎にある収納家具を見て「目障りだから派手な物に造りかえなさい」と命じた。「この家具は、古き良き時代から代々受け継がれている物で、いつの物だか誰も知りません。数百年前のアンティークあって、ボロボロだから価値があります。そう簡単には造り直しができません」と、古いしきたりに詳しい職員が説明すると、それで済んだ。

原文

 堀川相国(ほりかはのしやうこくは、美男(びなんのたのしき人にて、そのこととなく過差(くわさ(このみ給ひけり。御子(おんこ基俊卿(もととしのきやう大理(だいりになして、庁務(ちやうむ行はれけるに、庁屋(ちやうや唐櫃(からひつ見苦(みぐるしとて、めでたく作り改めらるべき由仰せられけるに、この唐櫃は、上古(しやうこより伝はりて、その始めを知らず、数百(すひやく年を経たり。累代(るいだい公物(くもつ古弊(こへいをもちて規模(きぼとす。たやすく改められ難き由、故実(こしつの諸官等申しければ、その事(みにけり。

注釈

 堀川相国(ほりかはのしやうこく

  久我基具。

 御子(おんこ基俊卿(もととしのきやう

  基具の次男の基俊。権中納言。

 大理(だいり

  検非違使庁の長官のこと。

 庁務(ちやうむ

  検非違使庁の業務。

 庁屋(ちやうや

  検非違使庁の庁舎。この頃は、私邸が庁舎として使われていた。

 唐櫃(からひつ

  衣類や調度品を収納するための長方形の櫃。

徒然草 第九十八段

現代語訳

 『一言芳談』という、坊さんの名言集を読んでいたら感動したので、ここに紹介しよう。

 一つ。やろうか、やめようか迷っていることは、通常やらない方が良い。

 一つ。死んだ後、幸せになろうと思う人は、糠味噌樽一つさえ持つ必要は無い。経本やご本尊についても高級品を使うのは悪いことだ。

 一つ。世捨てのアナーキストは、何も無い状態でもサバイバルが出来なくてはならない。

 一つ。王子は乞食に、知識人は白痴に、金持ちは清貧に、天才は馬鹿に成りきるべきである。

 一つ。仏の道を追求すると言うことは、たいした事ではない。ただ単に暇人になり、放心していればよい。

 他にも良い言葉があったが忘れてしまった。

原文

 (たふときひじりの言ひ置きける事を書き付けて、一言芳談(いちごんはうだんとかや(づけたる草子を((はべりしに、心に合ひて覚えし事ども。

 一 しやせまし、せずやあらましと思ふ事は、おほやうは、せぬはよきなり。

 一 後世(ごせを思はん者は、糂汰瓶(じんたがめ一つも(つまじきことなり。持経(ぢきやう本尊(ほんぞんに至るまで、よき物を持つ、よしなき事なり。

 一 遁世(とんぜう者は、なきにことかけぬやうを(はからひて過ぐる、最上のやうにてあるなり。

 一 上臈(じやうらふ下臈(げらふに成り、智者は愚者に成り、徳人(とくにんは貧に(り、能ある人は無能に成るべきなり。

 一 仏道を(ねがふといふは、(べちの事なし。(いとまある身になりて、世の事を心にかけぬを、第一の道とす。

 この外もありし事ども、(おぼえず。

注釈

 一言芳談(いちごんはうだん

  浄土宗の僧侶たちの法語。百六十条を収録した語録集。

 糂汰瓶(じんたがめ

  漬け物樽のこと。

 上臈(じやうらふ下臈(げらふ

  身分の高い人、低い人。

徒然草 第九十七段

現代語訳

 その物に寄生し、それを捕食し、結果的に食い尽くしてしまう物は、佃煮にするほどある。身体にはシラミが湧く。家にはネズミが同居する。国家には反逆者がいる。小市民には財産がある。権力者には義理がある。僧侶には仏法があるのであった。

原文

 その物に付きて、その物をつひやし(そこふ物、数を知らずあり。身に蝨あり。家に(ねずみあり。国に賊あり。小人(せうじん(たからあり。君子に仁義(じんぎあり。僧に法あり。

徒然草 第九十六段

現代語訳

 メナモミという草がある。マムシに噛み付かれた人が、この草を揉んで患部にすり込めば一発で治るという。実物を見て知っておくと、いざという時に役立つ。

原文

 めなもみといふ草あり。くちばみに(されたる人、かの草を(みて付けぬれば、(すなは(ゆとなん。見(りて(くべし。

注釈

 めなもみ

  やぶたばこ。

 くちばみ

  マムシのこと。

徒然草 第九十五段

現代語訳

 「箱に紐をくくってフタを付ける場合、どちら側を綴じればよいのでしょうか」と、ある専門家に聞いてみたところ、「右側と左側、諸説ありますが、どちらでも問題ありません。箱をレターケースとして使う場合は右側、道具入れにする場合は左側にする事が多いようです」と教えてくれた。

原文

 「箱のくりかたに((くる事、いづかたに((はべるべきぞ」と、ある有職(いうそくの人に尋ね申し侍りしかば、「(ぢくに付け、表紙に付くる事、両説なれば、いづれも(なんなし。(ふみの箱は、多くは右に付く。手箱には、(ぢくに付くるも(つねの事なり」と(おほせられき。

注釈

 有職(いうそく

  公家の儀式等の知識と、それに詳しい者。

徒然草 第九十四段

現代語訳

 常磐井の太政大臣が、役所勤めをしていた頃、皇帝の勅令を持った武士が、大臣に接見した。その際に馬から下りたので、大臣はその後「先ほどの武士は、皇帝の勅令を持ちながら馬から下りやがった。あんな馬鹿たれを中央官庁で働かせるわけにはいかん」と言って、即座に解雇した。

 勅令は馬に乗ったまま両手で高く上げて見せるのであって、馬から下りたら失礼なのだ。

原文

 常磐井相国(ときはゐのしやうこく、出仕し給ひけるに、勅書(ちよくしよを持ちたる北面(ほくめんあひ(たてまつりて、馬より(りたりけるを、相国(しやうこく(のちに、「北面(ほくめん(なにがしは、勅書を(ちながら下馬(げば(はべりし者なり。かほどの者、いかでか、君に(つかうまつり候ふべき」と申されければ、北面を(はなたれにけり。

 勅書を、馬の上ながら、(ささげて見せ奉るべし、(るべからずとぞ。

注釈

 常磐井相国(ときはゐのしやうこく

  西園寺実氏。「相国」は、太政大臣のこと。

 勅書(ちよくしよ

  勅令を書いた文章。「陣中ニハ、(みづかラ御書ヲ持チ、陣外ニハ、小舎人。(はう(、路頭ニ於テ、大臣已上ニ逢フト(いへどモ、下リズ」と『侍中群要』にある。

 北面(ほくめん

  北面(ほくめんの武士で、上皇の御所を警備する。